創業1699年、今年で325年を迎える株式会社にんべん様。鰹節専門店として江戸時代から300年以上に渡り歴史と伝統を積み重ねてきました。中でもフレッシュパック・つゆの素など、昭和の時代を代表するベストセラー商品は今日まで受け継がれています。
今回、発売から20周年を記念したつゆの素ゴールドの新CM制作にあたり、つゆの素ゴールドシリーズの売上好調要因を消費者起点で明らかにし、生活者の本質的な価値に根差したCMを制作するためデコムのインサイトリサーチを実施頂きました。インサイトリサーチを採用した背景や結果、新CM発表までの裏側をご担当頂いた経営企画部広報宣伝グループ部長の町田様を中心に、商品企画部門、広報宣伝部門のみなさまにお話を伺いました。(取材:山坂・プロジェクトデザイナー:手塚・リサーチャー:竹内・文責:木村)
生活者にとっての本当の価値は何か?相談したきっかけは根底にある不安だった
――― 町田様の業務領域や当時抱えていた課題感や悩みについてお伺いさせてください。
町田:私は広報宣伝グループというところを管轄しているなか、全社的なコミュニケーションの中で発生しているメッセージをどうコントロールするかを担っています。その中でやはり私たちが提供したい、伝わってほしい価値が実際のところ生活者に届いているのか、或いは私たちが発信しているメッセージは生活者にとって有益なのか、納得ができるものなのか、合点がいくものなのか、そこが未知数でいつも不安を抱えていました。
―――そのような背景の中でデコムに相談してみようと思った理由について教えてください。
町田:2022年の夏に参加した「人間理解インサイト実践アカデミー」でデコムさんの話を伺ったのが最初のきっかけだったのですが、その際インサイトリサーチの手法についてすごく体系化されているな、という印象が強く残っていて、一度試してみたいという気持ちがありました。今回「つゆの素ゴールドシリーズ」のCMを作ることになったのですが、販売が大きく伸びている商品なのに、“どうして売れているのかよく分からない”というところに困っていたんです。営業・企画部だけでなく、広報宣伝部の私たち自身もよく分からない、というか説明ができない状態でした。おそらくこうなんじゃないか、という仮説はありましたが、本当にそうなのかといわれると二の句が継げない状況でした。
町田:つゆの素ゴールドの好調要因を生活者起点で明らかにし本質的価値に根差した広告を作りたい、そのような背景もありCMを作るにあたってリサーチをかける良い機会なのではないかと思いデコムさんに相談しました。
―――にんべん様からご相談を頂いた当時の印象を振り返って教えてください。
手塚:まず、にんべん様という老舗のブランド様からお声がけ頂けたことに、率直に驚き嬉しく思いました。私自身も関東出身で日頃食卓でお世話になる機会も多いですし、お打合せの中で町田様をはじめ皆様が真摯にブランドに向き合われていることを感じ、なんとかしたいという気持ちでご提案やリサーチを進めていきました。
つゆの素ゴールドの機能面だけではなく、生活背景など文脈から「価値」を理解できるように設計した
―――デコム側でプロジェクト実施にあたって調査設計や進め方など拘ったポイントを教えてください。
手塚:ブランドの価値を整理しアウトプットするという課題のテーマもシンプルでしたし、つゆの素ゴールドという製品自体も素材や製法に拘りぬいたシンプルなイメージでした。実は調味料という低関与商材である点もあいまって、シンプルがゆえにリサーチの紐解きと言語化が難しいであろう、という想定をご提案前からしていました。そのため、機能的な価値は勿論のこと、生活者がどのような生活背景を持っているのか、時代に求められている価値とは何か、など捉えられるように文脈の中で価値や不満を分析をすることを意識しましたし、またそれらを引き出せるリサーチ設計をしていきました。
(デコム プロジェクトデザイナー:手塚)
竹内:具体的には今回、MoT(※)つまり生活者が商品を購入する際に「知って>選んで買って>良し悪しを判断して>好きになる」という一連の購買体験をシーンで分けて聴取する調査設計としました。また、世代についても広く若年層も聴取できるような設計を試みました。結果として様々な場面でつゆの素ゴールドや、「だし・めんつゆカテゴリ」の生活者からの捉えられ方、どういった部分で有難がってもらえているのかが、多面的にたくさん聴取できたことは良かったなと思いました。
※購買に影響を及ぼす真実の瞬間(Moment of Truth=MoT)
竹内:余談ですが、定性調査のローデータを読んでいて思い出深い事象としては、「スーパーの棚のところで悩んでいたら知らないおばさまから『にんべんのつゆが良いわよ』って言われた」という出来事を書いてくれた方がいて、そんな見ず知らずの人におすすめされるような素晴らしい商品なんだということ、さらに実際に勧められて使ったら本人も料理に自信を持つことができたというエピソードがあり、お気に入りで使っている人はこの商品にすごい価値を感じているんだと改めて感じました。
(デコム リサーチャー:竹内)
取組みの決め手は、n=1の定性情報を構造的に分析し理解していくことができること
―――町田様が感じるデコムの調査の強み、取組みの決め手になったことを教えてください。
町田:「どうしたいか分かっているのに、課題と打ち手が見えない」「どうしていけば良いかが見えない」という状況でしたので、おそらくデコムさんの方法じゃないと答えに辿りつかないかなと思っていました。いわゆるn=1のデータはぐちゃぐちゃの情報ですし、本当に実際のローデータを見ると全然構造化されていないのでこの結果を1,000人分みても分からないですよね、「みんなこう言ってる」くらい程度にしか。それをちゃんと構造化するフレームを持っていてシーンとかドライバー、エモーション、バックグラウンドだったりと構造化して理解していくことで、n=1から一定の形の中でインサイトを拾っていくことができる、というのがやはり御社の強みだなと思っています。実際当社でもやってみたのですがこの整理はえらい大変だと感じました(笑)
インサイトリサーチの結果から見えた生活者の価値と価値の理由
―――デコムの調査結果を見た第一印象や感想を教えてください。
町田:結論から申し上げると、私たちが想像していた通りの結果でした。表面上の理由はそこにありました。つまり、こちらが発信したメッセージとお客さんが感じた価値観が一致していたということです。それが売れている一番大きな理由だったんですね。それがわかったことで、「こういう価値軸で情報を提供・提案していくということは間違っていないんだ」という自信を持てました。そして、もっと奥の部分。「なんでそこに価値観を感じるのか?」まで踏み込んで理解できたことによって、消費者理解を一段二段深めていくことができました。つゆの素ゴールドの価値が明らかになったことで、他の主力商品とある意味共通した、「にんべんブランド全体の価値」にもつながることが見えてきました。そういう意味では、鰹節専門店としてこれから何をどういう風にコミュニケーションしていくべきなのか、今回のアウトプットは、その軸になる要素がたくさん詰まっていると思っています。
田中:私は営業時代が長かったのですが、つゆの素ゴールドという商品自体、徐々に売れてきた商品なんですね。これまでは、なんとなく市場データを拾って見てみたら二桁成長しているので、お店に入れてくださいということが多かった。そうすると、「なんで売れているの?」と必ず聞かれます。それをそれぞれの担当者や営業の会議でなんとなく話をすり合わせて話を伝えてはいたのですが、深堀りして話を伝えているかというと、難しいところがありました。特にうんちくとかを書いてもらうとなったときにラベル面で書いてあること、例えば、○○無添加のような伝えやすい部分を訴求するだけになってしまい、もう少し情緒的な「本格的な感じのイメージ」になると担当者の裁量で適当にくっつけているようなところがありました。そのあたりが今回の調査結果を受けてクリアになったのは良かったと思っています。また、つゆの素ゴールドだけじゃなくて他の部分でも、にんべんってこういうイメージを持ってもらってますよ、と提案しやすくなると期待もしています。
完成したCM|つゆの素ゴールド「鰹節を削って三百年」篇_30秒
CM「鰹節を削って三百年」篇では、鰹節に真摯に向き合ってきた本物の味を表現している。にんべんのつゆの素ゴールドに対する消費者の共感ポイントは「伝統の裏づけ」や「ごまかしのない本物」「料理が格上げされる」といった価値であることがインサイトリサーチの結果分かった。(参考:「つゆの素ゴールド」の価値構造 以下図)それらを伝える方法として、にんべん 13 代当主 代表取締役社長 髙津伊兵衛が出演した。
実は、CM制作について細かいオーダーはしていなかった。リサーチ段階から制作サイドがプロジェクトに入った(裏側1)
―――新CM制作の進行にあたり工夫された点やポイントがあれば教えてください。
町田:インサイトリサーチから新CMの制作プロジェクトへと進んでいったのですが、制作チームとクリエイティブの代理店さんに最初のインサイト分析から参加してもらいました。その結果、チーム全体として何がやりたいか、という前提が、言語化しきれない部分までしっかり共有できた状態に持ち込めたのがすごく良かったです。実はクリエイターさんには細かい制作のオーダーは出していないんです。非常にうまくニュアンスを拾ってくれて15秒30秒のCM以外にも伝えきれない部分がメイキング側に落とし込まれていて、YouTubeに上がっているインタビュー動画だったりとかショートバージョンでまた違った映像を作ってくれています。それぞれの作品が、インサイト⇒コンセプトの流れで制作できたことで、にんべんが思っていることをクリエイターさんがきちんと形にしてくれたと思っています。
手塚:制作サイドをリサーチの段階からお引き入れたことは、非常に重要かつ素晴らしいご判断だったと思います。他のクライアント様からもよくお話を伺うのですが、オリエン・オーダーシート・クリエイティブブリーフなどクリエイティブエージェンシー様とクライアント様のブリッジングが難しいとおっしゃられるケースが非常に多いです。今回は分析途中までの中間共有ミーティングの際も、最終報告会の際も、クリエイティブエージェンシー様にご一緒頂いたことで共感も含めたところで単純にレポートが独り歩きせず、レポートの元になっている今の生活者が何を考えているのか、このブランドに対してどういう思いがあるのか、そのあたりも一体になって作って頂けたことが、新CMに結実していると思います。
リサーチ結果がなければ当主の出演を実現することはできなかった(裏側2)
―――新CMが完成するまでの過程で、苦労された点や生々しい裏側などございましたら教えてください。
町田:調査結果報告を受けて、一番大きかったのはやっぱり弊社社長の髙津からCM出演の承諾を得られたことだと思っています。制作会社のクリエイティブチームでは最初は俳優さんをアテンドしようと思っていたそうなのですが、CMのコンセプトを考えると誰を当て込んでもしっくり来ないんですよ、ということになりました。そこから、社長さんに出演してもらえないですかね?という話になりました。実は私たちもそう感じていたところもあったのです。そうなると、社長であり、またにんべんの13代当主として鰹節専門店の看板を引き受けている髙津伊兵衛その人でないとストーリーやメッセージがもう成り立たないと感じるようになってしまいました(笑)実のところ社長の髙津からはCM出演を何度も断られました。それでも、社内メンバー、クリエイティブチームの全員がインサイトリサーチのプロセスを共有できていたことが力となって、最後の一押しで髙津を口説き落とすことができました。リサーチがこの結果に導いてくれた、実施していなければこのCMは本当に作れなかったと思います。
プロジェクトを進行する上で工夫したのは社内を巻き込むこと、風土作り
―――プロジェクト全体を通じて社内の調整が大変だった部分もあったと思いますが意識された点を教えてください。
町田:そうですね、社内に対して何をやるのかを伝えるのが非常に難しかったですね。まず、生活者の本質的な価値を捉えたいけど、どのように分析をしたら答えがでるのか、答えを知りたいけど分からないよね?という共通認識を提示した上で、インサイトというこんな分析の手法があって、それをやってみたいんだけど、どう?というボールの投げかけから始まりました。次に議論の土台づくりに苦労しました。インサイトって何ですか?と、分からないメンバーを巻き込んでプロジェクトの中に連れてくるのは確かにハードルが高いです。おそらくここで躊躇してしまうケースが多いと思うのですが、何を実現したいのかという思いを伝えながら話し合いを重ねてメンバーを巻き込んでいきましたね。
竹内:今回にんべん様には、10名以上の方でプロジェクトに入って頂いて社内の方々同士でも話を聞かれたり、ついていけなくなっていそうな方をフォローされてたりとプロジェクトを進行する上で風土を作って頂いていてとても有難いなと感じていました。
町田:いえいえ、まだまだインサイトについて伝えられてない部分は沢山あります。とはいえ、社内のメンバーがお客様が求めている本質的な価値を知りたい、何らかのエビデンスが欲しいという状況ではありましたので後押しとなる背景はありました。調査を進める過程においては実際に社内のメンバーにもローデータを読み込んでもらいました。勿論ネガティブな情報もあったので不安もあったのですが、それでも新CM制作という最終的なアウトプットを作ること、全体としてつゆの素ゴールドがどのように生活者に捉えられているか、本質的な価値とは何か社内に落とし込められれば良いかなと思っていましたし、合格点くらいのところまでは持っていけたのではないかなと感じています。
インサイトリサーチの結果で明らかになった価値を軸としてコミュニケーションを進めることができる
―――最後に、本プロジェクトを通じて、にんべん様にどのような変化がありましたか?また感じた手応えや今後の方針などもお聞かせください。
町田:私たちが発信したいと思っていた情報が、その通りお客様にまっすぐ受け止めてもらえていたことはやはり非常に嬉しいことです。にんべんとしての価値の伝え方っていうのは間違っていなかった、という点はすごく有難かったなと思っています。そこが一番ですね。ですので、自信を持ってリサーチで得られた軸で伝えていくということと、逆にその価値を崩してはいけないんだっていうところも同時に感じることができました。
町田:今回のプロジェクトではつゆの素ゴールド広報宣伝グループだけではなく商品・サービス企画に関わっているメンバーを拡げリサーチ結果を共有できたことで、店頭で販促企画をやりたいなど、それぞれ自分が担当している領域の中で、つゆの素ゴールドのコミュニケーションに関してはこのインサイトを基盤にして動いていける部分は良かったと思っています。また、今後も販促をより広げていく必要がありますし、化学調味料無添加などの表示規制に係る問題、また価格改定の検討など非常にハードルの高い状況のなか動いているのですけれど、その中でもプラスアルファの価値提案というのはやはり求められるんですね。そのような背景の中、どうやってコミュニケーションすれば良いのか、このリサーチ結果が全体として頭に入っているというところも心強いなと感じています。
―――全体としてのメッセージングが部門を横断して一気通貫されたコミュニケーションになっているということは、マーケティングにおいて一番大事なところだと思っているのですが、一方で一番難しいところでもあると思うので、今回のプロジェクトとリサーチを通じて全社的にコミュニケーションの軸が作られ議論やディスカッションができるきっかけにもなったというのは大変嬉しく思います。本日はありがとうございました。