2024年4月に新たに誕生したD2C事業部。店頭の商品でも必要なものは揃うし機能的な満足は果たされる。それなのに生活者はなぜD2CやECで商品を選ぶのか?事業部の立上げにあたり、D2C特化の製品を開発するには何をデザインしていく必要があるのか?
これらの課題に対して、デコムのインサイトリサーチをご活用いただきました。生活者にとってのD2Cで未だ充たされていない欲求・提供価値を1,189名の定性調査から分析し、量販店向けビジネスとD2Cビジネスとの差異を浮き彫りにしながら「D2C虎の巻」として消費者インサイト起点でD2Cの極意を明らかにしていくお手伝いをさせていただきました。
*D2C虎の巻に収録された開発極意の一例:自分をバージョンアップできるというD2C特有の新しい価値(デコムのインサイトリサーチ1,189名から得られた調査結果から分析、導出した)
今回は、味の素株式会社D2C事業部の開発責任者である大竹賢治様にインタビューを行いました。前編では虎の巻作成に至った背景や経緯について、後編では具体的に調査で得られたD2C特有のインサイトにも言及しながら、生成AIも活用した分析について手応えや今後の展望について、本取組みから得られた知見を共有していきます。
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従来の量販店向けの事業から、D2Cに特化した新しい仕事を開発していく新たな挑戦
――― 味の素様のD2C事業部についてお伺いさせて下さい。
大竹:味の素D2C事業部は2024年4月1日に誕生したばかりの新しい事業部です。味の素はそもそもスーパーマーケットなど量販店でのビジネスを主戦場としてきました。 もちろん、これまでECなど新しい事業開発を行ってきましたが、味の素の歴史が築き上げたものは量販店向けに特化したバリューチェーンです。ですので、どうしてもそこからにじみだしてしまうものがある、従来の組織のままECやD2Cを行っていくには無理がありました。
*出所:味の素様 資料より
大竹:そこで、D2Cに特化した仕事をやっていこう、という機運が高まりました。味の素なりのお客様と直接つながり販売していく、というビジネスを新しく作ろうよ、というのがD2C事業部になります。
D2C事業と店頭に並ぶ量販店型のマスチャネル向けの事業では、そもそもの成り立ちの違いがある
――― 「D2C虎の巻」制作の背景について教えて下さい。
大竹:D2C事業とスーパーマーケットなど量販店型のマスチャネルを比較するとD2C事業というのは色んな面で違いがあって、例えばスープを例に取ると、スーパーマーケットに置いてあるスープは90品ぐらいが並んでいるんですよ。でもアマゾンでスープと検索すると60000点以上出てきます。
大竹:世の中にはそれだけの物がプレイヤーとしては存在しているんだけれども、スーパーマーケットの棚に残るためには、厳選された90品に入ること、それはたくさんの人に好かれるタイプの製品を開発していかないと棚に入らなくて売れない、ということなのです。
*出所:味の素様 資料より
大竹:そうすると、たくさんの人の需要を80点ずつ満足しているタイプの製品が必要になってきますよね。100億円のブランドの成り立ちで考えれば、1000万人の方が年間1000円ぐらい買ってくれてできるという構造なんですよ。日本には5000万世帯あるので、1000万人というと20%です。20%ぐらいの人が80点であっても、欲しいなって思ってくれないと成り立たない、それが量販店の事業です。
大竹:一方でD2C、例えば弊社のグリナというサプリメントですと一年間買うと10万近くになるわけです。これで例えば100億円を作るというビジネスですと年間10万円買って頂く方が10万人になると100億円になるんですよね。先ほどの量販店向けのマスチャネルに対して、10万人はパーセンテージで言うと0.2%なんですよね。ですので、そのくらいのものすごい狭くて、ものすごい深くつながれば同じ100億ができるわけですけど、量販店型とD2Cでは成り立ちが全然違いますよね。
大竹:こういったものを全く違う成り立ちのものを作っていこうという時に、そもそも開発モデルが従来型と一緒でいいのか?それとも一緒じゃないのか?っていうところが、「D2C虎の巻(*)」制作における基本的な発想です。
*D2Cビジネスに特化したインサイト起点の事業開発のヒント集・指南書
D2C事業では、従来型のビジネス以上に深い顧客インサイトを捉えた上で商品開発を行う必要がある
大竹:食べ物の場合、機能として唯一絶対のもの、つまり代替性が全くないものというのはちょっと考えにくくて、そこにはファンクショナルな意味での繋がりだけではなくて、類似のものよりもこっちのほうが好きだから使うというタイプの、エモーショナルであり心的な繋がりがあって初めて、粘着性の高い、深いニーズを単体で捉えることができてくるんだと思います。
大竹:そのように考えると、単に機能として優れたものを作っているだけでなくて、製品以外の部分の設定も含めて、ちゃんとお客さんと繋がっていくということをやっていこうと考えていくと、なおさら深いインサイトをしっかりと捉えてつながっていくことが大事になると考えました。
製品機能は前提としながらも製品に付随した体験価値全体をデザインしていく
―――D2C 特有のインサイトがあるであろうと考えた背景や仮説を伺わせて下さい。
大竹:量販店の製品の場合、基本的には店頭で出会って消費するその瞬間をイメージしながら購入して、価値を購入したものを使用、食べた結果、基本的には価値を消費して終わりという、そういう構造なんですよね。一方でD2Cの世界で成功している製品を見ると買って使うだけではなく、消費以外のところに価値が結構あるんですよ。
*出所:味の素様 資料より
大竹:デコムさんと取り組んだインサイトリサーチの調査事例から言うと、例えばお菓子がいっぱい入ってる箱を開ける瞬間。開けたときに「お菓子がいっぱい入っていて嬉しい!」と思うんですよ。この時点でまた価値を消費してるんですよね。お菓子食べるときの価値、すなわち「消費」が基本的なコアというのが一般的なものなんですけど、この事例に登場するこの方にとっては「届いて、開けて、いっぱいあって嬉しいな」で価値を消費している状態です。
大竹:さらに寝室に置いておいて、食べたい時に食べられるわけですよ。食べてない時の状態の方が長いのですが少なくとも、いつでも食べたい時に開けたらいっぱいあるっていう状態が続くわけですよ。この状態が価値になっているんですよね。
大竹:また虎の巻の事例で紹介されていますが、食べ終えた後にもその製品がどうだったかという気持ちがSNSなどで、つながるように設計されているものがあります。食べた後に価値を共有できるような状態になって、共有して他の人の声を聞いたり、他の人にいいねと言われたりして嬉しいわけです。この全体が価値ですよね。
大竹:これは従来型のシンプルにものを開発して、どうやって店頭で気づいてもらうのかっていうタイプの商品価値とは全然違います。機能は前提としながらも付随した価値、体験価値全体、これをデザインしていくっていうことが、D2C事業部における開発だと思うんです。
どうして買うのか?自らが想像できないD2Cの不思議をインサイトリサーチで紐解いていく
―――D2C虎の巻作成にあたりインサイトリサーチを導入した目的について教えて下さい。
大竹:世の中にある他社様の先行した成功・失敗事例を見ることはできるんですけど、それがなんでなのかって考えるとやっぱりわからないんです。量販店向けの仕事とは違っていて、これまでの仕事のベースで立つと不思議なことがいっぱいあるんです。なんでこれ買っているんだろう?って。
大竹:全世帯の20%に買われるものを目指している時は自分や家族、親だったり、誰かがこれ欲しいなと思うことがイメージできるんですよ。でも0.2%の方にしか買われない製品ですと想像ができないんですよ。自分も買わないだろうし、家族も買わないだろうし、親も買わないだろう。
大竹:これが成立するのかな?と思うわけですが、実際にはその塊を足しあげていくと、結構なボリュームになっている。だから、その表層的なものでは見えない何かが必ずある。それはなんなんだと、インサイトっていうところをしっかり捉えていって、はじめて気づくことがあるんだろうって、そういう感覚がありますよね。
大竹:成功の裏にある生活者のインサイトを把握していかないと成功の要因は抽出できないだろうな、というところがあってインサイトリサーチが必要になってくる、というのが目的意識ですね。
従来型開発の成功法則とは何が違うのか?「どういう意志と行動を変えなければいけないか」を虎の巻に落し込んでいく
―――D2C虎の巻作成プロジェクト実施にあたって調査設計や進め方など拘ったポイントを教えてください。
岸下:D2Cと従来型のビジネスモデルとの差異を如何に捉えるか、が今回のPJT設計の鍵でした。例えば従来型の食品の調査ですと、「あなたが食べた時にどんな体験でしたか?」「どんな価値を感じましたか?」という聴取が中心であることが多いです。
岸下:一方、D2Cは、知ったり選んだりするところからはじまり、購入する、実際使って食卓に並べるとか冷蔵庫で保管する、そこから捨てて商品との分かれが生じるところに至るまで、いろんなモーメントがある中で一連の体験価値を作っているところが特徴ですので、調査で見に行く生活者の行動の範囲が広いことがポイントではありました。
デコム:プロジェクトデザイナー 岸下
岸下:広範囲な領域で探索を行う際は単純に生活者を見に行くだけだと、焦点がぼけてしまう懸念があります。今回のように広い領域の探索をする時は2回に分けて探索をします。今回の1回目の探索ではデスクリサーチでD2Cビジネスにおける新たな機会仮説の芽となりそうな仮説を定めました。1回目の探索で着目すべき領域を捉えた後に、2回目の探索となるWebの定性のリサーチで実際の生活者の声を聴きに行くことで、多数の領域に対して確実に探索ができるように設計を行いました。
岸下:それから、D2Cは従来の量販店モデルとは成功法則は違う、だからこそ従来型のスーパーマーケットのビジネスとD2Cのビジネスの差異を生活者視点での捉えつつ、それを勝つための行動からありがちな落とし穴といったあらゆる角度で虎の巻のアウトプットにつなげたところもこのプロジェクトならではの特徴でした。
消費者の意思決定に関わる瞬間を整理、気持ちの変容点を捉え、D2C特有の体験全体での価値を分析していった
杉山:先ほどからD2Cはその体験全体で価値が感じられるようになっている、という一つの特徴があると思うのですが、調査設計の段階から、それは非常に意識していました。
デコム:リサーチャー杉山
杉山:今回のPJTでは、MoT=モーメントオブトゥルースというフレームを使用しました。「消費者の意思決定に関与するような瞬間」、それが購入前と購入決定のその瞬間と、実際消費している瞬間、さらにリピートする瞬間というMoTの0から3のモーメントに着目します。それぞれの瞬間でどういった生活者の方が価値を感じられているのかっていうのを確実に聴取できるような調査設計にしたり、分析時にもその気持ちの変容点を確実に捉えに行こうっていう分析は、意識しながら虎の巻の制作は進めていったのが印象的でした。
―――「D2C虎の巻」制作にあたり、デコムのインサイトリサーチをご導入頂き、生活者にとっての価値であり、D2C特有の欲求を1,189名の定性調査から分析し紐解いていきました。調査データから得られた知見や生成AIを活用した分析やインサイト開発などのお話は、後編に続きます。
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