味の素社の新組織であるマーケティングデザインセンターが2023年4月に発足し、マーケティング改革が加速している味の素社。その改革により生まれた大ヒット商品「パスタキューブ」の生みの親である味の素社マーケターの梶敬氏にインタビューを行いました。
“ワンパンパスタ”に使えるキューブ上のパスタ用調味料という革新的なコンセプトは、梶氏自らが行ったn=1の消費者インタビューで発見したインサイトが起点となっています。デコムでは味の素社へのインタビュー研修などのトレーニングを支援させて頂きました。
今回は、味の素株式会社コンシューマーフーズ事業部新領域グループのマネジャーでありパスタキューブの生みの親である梶敬様にインタビューを行いました。2024年2月に発売後、3月の週販でパスタソースカテゴリーNo.1を獲得した実績の背景にある、味の素社のマーケ改革とヒット商品開発の舞台裏に迫ります。
営業部門からマーケティング事業部へ、生活者が本当に求めている新しい価値を生み出す挑戦
――― 現在ご管轄されている部署やその業務内容・ミッションについてお伺いさせて下さい。
味の素株式会社コンシューマーフーズ事業部新領域グループ 梶様
梶:味の素への入社当初は、営業部門に配属され最初の5年間は業務用製品の営業を担当しました。その後、東南アジアのタイに赴任し現地法人で勤務したのち日本に戻り、現在のコンシューマーフーズ事業部に配属されました。
元々あった私のミッションは既存ブランドの拡大でした。有難いことに既に市場で大きなシェアを持っていましたので改善・改良をメインに運営していくというのが、主な業務でした。一方で、長い目で見ると次のコンソメや次のクックドゥなど新たなヒット商品を生む必要がある(*)、という全社的な課題感がありました。
*2023年4月に味の素マーケティングデザインセンターが設立。従来行ってきた味の素のマーケティングプロセスの組織改革を推進し、より生活者起点で独自性のあるヒット商品創出にチャレンジしている。
梶:そのマーケティング活動において特に重要だと感じているのが、生活者のインサイトの発掘です。しかし、広い業務を担当する分、日々、営業部門や工場とのやり取りなど目の前の業務にとらわれがちで、生活者が本当に求めている新しい価値を見つけることが難しいと感じていました。
調査データや数値だけではない、実際の生活者の行動や感情に迫る必要がある
――― 新たなヒット商品を生むというミッションに対して、どのような課題や難しさを感じていらっしゃいましたか?また、どのように取り組んできたのでしょうか?
梶:デコムさんと出会う前は、生活者のインサイトに対する理解が十分ではありませんでした。新商品を開発する際、製品やカテゴリーから発想することが多く、例えば「最近〇〇味が売れているからうちも出そう」というように、流行や市場動向に依存した発想が中心でした。結果、定量調査で購入意向も取れてるはずなんだけど、市場で見ると全然売れてない、ヒット商品が出ていない、という状況に私は陥ってました。
また、消費者の声を聞く際も、表層的なニーズをそのまま製品化することが多かったかと思います。例えば「どんな味が好きですか?」といった具体的な要望をそのまま形にするだけで、深いインサイトに基づいた商品開発ができていなかったと感じていました。今のやり方に対する疑問というのは、少しやっぱりあったんですね。
梶:インサイトの重要性に気づいた一方で、製品開発やマーケティング戦略にどう活かすかという具体的な手法については、当初はまだ模索している段階でした。そのため、デコムさんからの指導を受けながらインタビューやリサーチの方法を学びつつ、徐々に自分たちでインサイトを掘り下げるスキルを身につけていきました。
インタビュー支援にあたり、近視眼を解いて広く食卓の中から新しい可能性を探っていくことをまず重要視した
――― 味の素社へのインタビュー支援にあたって 、トレーニングの進め方で拘ったポイントを教えて下さい。
デコム プロジェクトデザイナー岸下
岸下:今回インタビュー支援をさせて頂いた中で、全体を通じて近視眼に陥らないというところが、最初のオリエンテーションからインタビューの設計に至るまで大事にしていたところかと思っています。
まず冒頭に何をインタビューするかという課題設定をさせてもらいました。その際にスーパーの棚の中にある競合商品に対してどうなのか、という質問だけに留まってしまうと表層的というか今まで聞いたことあるな、みたいなところがやっぱり出てきてしまいます。
そこに落ち入らないように、生活者が今、食卓の中でちょっと新しい可能性の仮説の芽になりそうなことってなんだろうかまで、フォーカスを広げて生活者のどんな行動をインタビューしていくべきかというテーマ設定から始めさせていただきました。
――― インタビューをトレーニングする上で具体的なポイントを教えて下さい。
岸下:理論と実践の面で最小限のポイントに絞ってお伝えしました。梶さんがおっしゃっていたように、生活者にどの味がいいですかと直接質問したとしても回答は得られるしインタビューとしては成立してしまうのですが、そこで終わってしまうとビジネスの発展につながる示唆を得ることは難しいです。
その示唆を得ていただくための理論的なアプローチとして、近視眼に陥らないためのテーマ設定から始まって、インタビューを通じて得た情報をフレームワークを使いながらインサイトを紐解いていくということなど、インタビューを実践する上での欠かせない理論と実践する際のポイントを絞ってお伝えしていきました。
またどなたにインタビューしていくのか、というのも実践の上で非常に重要です。今回は、食卓の中で面白いエピソードをお持ちの方をWebを活用したデコム独自のインサイトリサーチで大量に収集し、その中からインタビューのする人を厳選し進めさせて頂きました。
インタビュー実践の支援では、練習とはいえ本番と同じ環境を作った
デコム プロジェクトデザイナー波田
波田:トレーニングにおいて違う言い方をするとガチでやる、という点に本質的な意味があったと思っています。デコムのリサーチャーが例えばプロジェクトを受注したら、質問をするような設定の対象者が、どういう順序で話を聞いていくかということも基本的に同じストーリーで設定しました。そして、それをガチでやっていただくという形です。
研修のパターンとして、例えば仮にやってみよう、練習相手は社内の人がやる、みたいなことがあったりする時があると思うんですけど、そうではなくて本当に話すべき人が、呼ぶべき生活者を呼んで、その方から本当に、有望な示唆を引き上げられるかどうかということを体験していただく、ということです。
インタビュー支援の後に、梶さんが実際にインタビューする内容を支援の段階で先にやる。練習として本番をやるみたいなことです。もし練習で有望な示唆が出たら、是非ビジネスで使ってくださいというようなものも含めて支援させて頂いた、というところに一番ポイントがあったと思います。
マーケター自身が生活者に向き合う。切り口やテーマの工夫で思いもよらなかった発見があった
――― トレーニングを振り返って全体的に感じられたことを教えて下さい。
梶:マーケター自身が生活者に向き合うということは、いくら理論で言っても分からないところがあって、それをマーケッターが体で分かっていくっていうことに対して、デコムの岸下さんや波田さんに伴走頂いてテーマを設定した上でインタビューしていくトレーニングっていうのは、すごくいいなと感じました。
自分がいつも扱っている製品やカテゴリ、テーマだからこそ、こういう切り口でこういう聞き方をすると、自分が知らなかったような答えが返ってくるみたいなところが実際に出るので、それはすごく良かったなと思いますね。
――― インタビューを実践してみて感じた難しさや気づきはどのようなところにありましたか?
梶:最初に感じた難しさは、聞きに行く内容が、事実そのものではないという点でしたね。インタビューでは、当然「何時に起きますか?」や「どのくらい食べますか?」といった事実確認も行いますが、本当に探りたいのは生活者自身も気づいていない欲求や価値観、インサイトです。しかし、相手が気づいていないことを聞き出すことは当然ながら矛盾を孕んでおり、これが非常に難しいと感じました。
日々の生活でほんの少ししか使わないような商品に、どんな価値があるのかを理論的に考えている人はいません。インサイトを探るためには、その人の生活全体や背景に焦点を当てることが必要だと気づきました。商品やサービスの価値は、その生活者文脈の中でのみ発揮されるものなので、まずはそこから聞き出す必要があります。
――― インタビューを実践する中で掴んだ手応えについて教えてください。
梶:経験が浅くても何回かインタビューしていると、インサイトを引き出せる当たりのインタビューが出ることがあるんですよね。そういう時って、相手の方がすごく嬉しそうだったり、ハッとした表情をするんですよ。気づいていなかったことを指摘してくれてもっと話を聞いてほしいみたいな、そういう時はやはり手応えがありますね。
あとは、インサイトを捉える上で必要な知識やフレームをある程度身につけると、表層的なものしか捉えていない考え方が見抜けるようになってくると思います。例えば、インタビューでは夏向けの鍋つゆ出してくださいってよく言われるんですが、よくよく話を聞くと、鍋って作るのが簡単で肉とか野菜も取れるしご飯も入れられるし、家族も喜ぶし助かるメニューということなんですね。ですので、夏の鍋を出してくれって言ってるわけではなく、そういう価値を持ったメニューが欲しいって本当は言ってるんですね。
マーケター自身がインタビューをする大変さ、答えを見つけに行く諦めない姿勢がヒットの切り口に繋がる
――― デコム側からみて研修を行う中で感じた梶様への印象、最終的にヒット商品開発に繋がる予感などありましたら教えて下さい。
波田:マーケター自身が生活者にインタビューをする、という取組みがまず素晴らしいなと思ったと同時に、個人的な感想としてはやっぱり大変だよな。ということもあります。型を学び実践しレビューがあってまたもう一回実践する、というプロセスをしっかり踏むところも含め、梶さんの態度としての誠実さみたいなものをすごく感じました。
梶さんとして元々あった調査の疑問や問題の答えを出しに行くというか、探りに行く或いはもがくというような、そのような姿勢を私も感じ取っていました。生活者からの答えは本当に、単純にAを投げたらAが帰ってくるというインタビューをしているわけではないので、うまくいかない時でも自分なりの切り口を考えようとかご自身の中で考えて、手数を出していくとか、などすごく意識的にされていたのは印象的でした。
――― 「パスタ―キューブ」の製品化まではどのようなプロセスがあったのでしょうか。
梶:パスタキューブ開発の背景は、先ほどお話したようにインタビューの中で、夏向けの鍋が欲しい、みたいなことを言われた時に、ちょっと待ってよと、本当はそうじゃないよな、簡単に作れて肉とか野菜とか炭水化物も取れるみたいな、そういうものが欲しいんだよなっていうところから始まったんですよね。
この解釈のしなおし、具体→抽象→具体という思考プロセスは、デコムさんのご指導なくては、一生出てこなかったと思います。そこを読みとった後にメーカー側の事情になるんですけど、我々の工場の能力とか、持っている技術とか競合の強さとか含めて、本当に世に物を出せるのか出した後に勝てるのかっていうのは、インサイトとは別軸で検討しました。
ちょうどそのころに、ワンパンパスタというトレンドも出てきてるから、生活者の調理行動が変わってきているのを感じていました。ワンパンパスタっていう名前が普及しているってことは、インサイトが顕在化し始めるときに新しいワードが出てくるという可能性があると思ったので、筋としてはパスタで勝負するのがいいんじゃないかということで始まっていきましたね。
とはいえ、まだ半信半疑だったんでもう少し具体的にパスタを作る人のインサイトは何だろう、という風に、開発のステップステップのところで、n=1インタビューを挟んでいくっていう感じだったんですよ。
―――n=1インタビューで得たアイデアを社内で具現化するために工夫されたことを教えて下さい。
梶:具体と抽象の行き来が、n=1インタビューを始めてからついた癖ですよね。n=1インタビューは超具体なので、そのままではどうしても企業規模が大きくなればなるほど、こういうエピソードがあったので作らせてくださいと言っても、いや何言ってるのって言われてしまいます。
梶:ですので、各部署へ説明や指示をするときも、具体と抽象を両方伝えることが重要だと思っていて、具体でこういうことがあったんだけど、抽象としてはこういうふうにしてほしい、ということです。例えば、市販のパスタソースにわざわざ玉ねぎを切って入れる人がいたんですよ、そういう人にも使いやすい製品にしてあげたいんだよね。これが具体的な話です。
これを抽象にしたときに、料理を作る方にとって、家にある野菜とかどんなものでも合うような味付けとか、具材を選ばないという価値を、製品に付与してほしいんですよ、という言い方をするとR&Dの部門の方が、分かりましたと。であれば、この具材とバッチリ合うというよりは、10種類ぐらいの具材で、家によくある野菜で試して、どの具合でもおいしくなるようにしましょう。このようなコミュニケーションができるんですよね。
その手掛かりとなるn=1の具体があって、抽象化した価値を投げかけしてあげなければ、答えが出てこないわけですから、それをまず出せることは、本当に意味があることだと思います。良い抽象には良い具体が必要みたいなことですよね。
―――改めてn=1インタビューを通じて、ヒットに繋がるために重要なポイントとは何か、お伺いさせて下さい。
梶:簡単にまとめればn=1インタビューをして、インサイトをつかむということだと思うんですけれども、1つ目のポイントとしては、1回ではできないと思うんですよ。スキルは勿論なのですが、何人も聞いて見えてくるものってあるので、出来るだけ多くの方にインタビューする必要があります。
その上でデコムさんのサービスとして、すごい傑出して素晴らしいと思うのが、理論と実践をしっかり伴走してくれて身に付けさせるってことですよね。だから、たとえよちよち歩きでも自走することができたことが、結果的にヒット商品に繋がったと思います。それにインタビューで毎回代理店さんに依頼したらとんでもない額になるんで、そんな調査費かけられる会社はどこもありませんので。
2つ目のポイントとしては、捉えたインサイトの出口って、1つじゃないと思っているんですね。今回はパスタキューブに結実しましたが、一つのインタビューで一つの製品開発につながっているわけではありません。生活者を見てインサイトを掴みさえすれば、その出口(具体のアイデア)はいろいろあるんですよね。
波田:そういった考え方は、すごく重要です。インタビューをして、違うインサイトが出てきたら、それをストックしておけばいい。今のアイデアの出口が一つじゃないという話は、やっぱり具体→抽象→具体の話だと思いますし、抽象化した価値から具体的なアイデアへの落とし方がいくつもあるよ、という話だと思います。だからそのヒットに繋がるとしたら、どこまで具体的な可能性を考えられるかみたいなことかもしれないですよね。
梶:インサイトに対する基礎的な考え方や知識をつけていったり、n=1インタビューを実践すると生活者の生のお話を聞けるので、それはマーケッターとしての基礎力になると思うんですよね。基本的な共通背景というか、まさに人間を見に行くという話なんですよね。
n=1インタビューの仕方を覚えるというよりは、インサイトの探り方を分かる人が増えた方がいいと思います。そこに対して具体と抽象が分かっている人に対しては、抽象化することで定量的になっていくでしょうって言えるんですけど、そうでないひとにはしっかりと具体と抽象をいききしながら、丁寧にコミュニケーションをとっていく必要があると思っています。
デコムさんのように理論と実践の両面で伴走してくれること、マーケッターとしての土台や共通言語を作っていく、その上で社内外で調査で得られた観点を何気ない会話の中でも話し合って高めていくというのが重要などではないかなと思っています。
―――本日は貴重なお話をありがとうございました。引き続きよろしくお願いします。
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