引き続き、味の素D2C事業部の開発責任者である大竹賢治様へのインタビューをお届けします。
前編ではデコムのインサイトリサーチを導入頂き、虎の巻作成に至った背景や経緯について、本後編では具体的に調査で得られたD2C特有のインサイトにも言及しながら、生成AIも活用した分析について手応えや今後の展望について、本取組みから得られた知見を共有していきます。
>>>前編はこちら
対面のインタビュー調査ではなく、webを使って1,000名以上の生活者エピソードを収集・分析した
―――リサーチで得られた生活者の回答を実際に「D2C虎の巻」化していくプロセスの中で苦労された点について教えてください。
大竹:今回の調査では対象者の方が絞られる形でのインタビュー調査ではなく、webで大量の定性情報を収集するという手法を使ったインサイトリサーチでした。
*出所:味の素様 資料より
大竹:1000名を超える生活者エピソードが、膨大な量のテキストデータとして出てくるタイプはそれまでイメージを持ってなくて、部内のメンバー総力戦で10名ほどで読み込みを行いました。その後、調査で見つかったファインディングスをデコムさんと一緒に虎の巻にまとめていきました。
大竹:抽象的すぎるからこれだと分からないとか、ただの羅列になっちゃうなとか、もうちょっと塊にした方がいいよとか?議論を並行して作っていく難しさも感じていて、デコムさんにもそのご負担をおかけしながら一緒に進めていった印象があります。
具体⇒抽象⇒具体の分析のプロセスを繰り返し生活者の欲求の接点を見出していく
写真左:プロジェクトデザイナー 岸下 写真右:リサーチャー杉山
岸下:探索調査の分析というのは具体から抽象、抽象から具体を行き来してというプロセスで、分析を深めて行きます。虎の巻は膨大な1,000名の方の事象から有望なものを見つけたのですが、もともと探索対象の範囲が広い回答データなので、いろんな生活シーンについて気持ちの変容点や気づきが出てきます。
岸下:けれども、ローデータの具体的内容を表層的に見ただけだと結局、何が言いたいかわかり辛いです。そこで、生活者の欲求の観点で考えると何を示しているか?を、洞察していきます。それをやって初めて市場と生活者の欲求の接点に何があるんだというところが見えてきます。
導き出した「価値」を端的に言語化していく工夫
岸下:虎の巻は生活者から見た際のD2Cのビジネスの全体像を捉えることと、ビジネスと生活者の接点は何か?が調査分析のポイントだったのですが、内容が膨大だからこそ分析で導き出した価値を端的な形で言語化しないと、虎の巻を読む人に理解していただくのが難しいと思いました。
岸下:ですので、分析で明らかになったインサイトや顧客接点に対して、あだ名のような名称で呼んでもらえるといいかなと考えました。今までなじみのなかったインサイトや価値に対して、これって「ご予算コンシェルジュ」だよね?(端的に表した価値の一例)みたいな感じで、使ってもらえるといいなというのを目指して言語化していきました。
*D2C虎の巻に収録された開発極意の一例:「ご予算コンシェルジュ」というD2C特有の価値を端的に言語化していった(デコムのインサイトリサーチ1189名から得られた調査結果から分析、導出)
D2C虎の巻は完成品ではない、永遠のベータ版としてアップデートしていく
大竹:虎の巻はD2Cの取扱説明書を先に作るような仕事なわけですよね。しかしながら事業部の立上げと同時並行で依頼しているので、我々も出来上がりのイメージを持っていないのが実情でした。途中でどうしようかなと思っていた時に部下がD2C向けの製品っていうのは、完成っていうのはなくて、常になんかフィードバックあって、そこでアジャイルにも変えていく、っていう流れになるから常にベータ版を発売してるんだっていう風に言ってたんですよ。
岸下:このD2C虎の巻もベータ版という名前がついていますよね。
大竹:そうですね。D2Cの製品は永遠にベータ版だっていうのを聞いた時に、あ、虎の巻も永遠にベータ版なんだな、と思いました。それでもう虎の巻は、完成なしの永遠のベータ版っていう位置付けにしたんですよ。
インサイトリサーチで得られた興味深い調査データとは?~冷蔵庫の中のキラキラ~
―――特に印象に残っているn=1事象や気づきのあった分析についてお伺いさせて下さい。
大竹:すごく気付きを得られたn=1エピソードでいうと、ラベルレスのペットボトルのドリンクを何本も冷蔵庫に並べている人の事象ですね。その人は冷蔵庫を開けたときに「いろはす」がキラキラしているのがいいんですって。なんかわかるじゃないですか?冷蔵庫の中で、「いろはす」のラベルレスボトルの凹凸に光が乱反射している。それを飲むのが、すごく仕事の合間に飲むとすごくリフレッシュできる、と言っていました。
大竹:冷蔵庫を開けてたらキラキラしたものが自分を待ってると思うところだけで価値が消費されていて、機能的な価値を消費するっていうところじゃない。D2Cは一定期間保管する前提で購入するじゃないですか。保管しているときにも、その価値を発揮するっていうのは大変なものだなと思いました。
D2C商品とマス向け商品の価値と不満を炙り出すための調査設計
杉山:D2C領域にチャレンジするために、味の素様の従来のやり方とは、こう変えなきゃいけない、みたいなところを虎の巻でお伝えしなければいけない重要なポイントだと思っていました。そのため、量販店向けの商品だとこういう不満を持たれているけど、D2Cの商品はこういう価値を感じられている、という価値と不満がそれぞれ炙り出されるように調査設計を工夫しました。
デコム:リサーチャー杉山
杉山:その中ですごく象徴的だったなというのが、YouTubeでトマホークステーキ(まさかりみたいな大きい形のステーキ)を焼いている動画を見て購入して、学生時代の仲間たちとの夏のバーベキューでそれを焼いて食べましたという方がいました。その方は量販店向け商品に対して「よくあるスーパーにある商品では仲間たちとの時間を盛り上げてくれなさそうだ」という不満を回答していて、量販店向けの商品は日常を作っていくもの、それに対してD2Cは特別な時間を彩ってくれるものという位置づけをされていました。
杉山:そういった意味付けが異なるのがn=1の具体的な回答で紐解かれていく。そこが我々も分析しながら発見したところです。そういったところをお伝えできるように虎の巻も作成していきました。
D2C事業部が開発する対象の広さやマインドセットを虎の巻を通じてメンバーと共有する
―――「D2C虎の巻」は具体的にどのように活用されていますか?
大竹:まず1つ目の使い方としては、今度転入者が来るんですが、一番最初にこの虎の巻を読んでもらおうと思っています。D2Cの開発は従来の商品開発とは異なり、開発の対象が広範囲になってきますよね。こういうタイプのものを今から開発するんだな、というマインドセット。そこにまず重要な役割を果たすというふうに思っています。
大竹:2つ目の使い方が実務で今まさに使っているやり方なのですが、開発のプロセスでコンセプトの塊ができた段階で、一回虎の巻と照らし合わせるんですよ。
大竹:虎の巻を見にいってこの製品をより魅力的にしていく方向は、虎の巻の中にある開発の極意を強化していくともっと魅力的になるな、或いは違うタイプの魅力になるなと。製品の魅力を高めていくためのアイデアの参照元として活用の仕方ができると思っていまして、そういった使い方をし始めています。
生成AIを活用した分析における基本的な考え方と人間に必要なスキルとは?
―――「D2C虎の巻」プロジェクトで得られた定性情報(n=1エピソード)をさらに生成AIを導入して分析しました。興味関心や期待はどんなものでしたでしょうか?
大竹:生成AIに対しての私の期待は、仕事の効率化です。平たく言うと時間を空けることです。空いた時間で新しいことにチャレンジできる、そういう意味合いでマーケッターの仕事はどんどん高度にしていけるし、マーケッター自身も高度になっていけると思っています。
*出所:味の素様 資料より
―――生成AIで得られた分析結果の所感(初動の印象)を教えて下さい。
大竹:まず生成AIが読み込んでインサイトを構造化して抽出してきてくれる、その精度自体は期待通りの高さがあるな、という印象を持ちました。そして、やはり1000名以上のデータを目視で読み込んでるからこそ、人間側には意外に読み込み漏れもあったな、と生成AIの分析を通じて実感しました。AIはデータを全部読み込むんですよ、素直に。人間は限られた時間でやっているから漏れが生じてくるのは当然で、AIが漏れを見つけてくれるという役割もあるというのは、当初期待していたこととは違いましたが良かった点でした。
岸下:今回のAIの分析は、弊社の複数のリサーチャーが読み込んだ後に行いました。ですので、これ以上新しい示唆や発見は出ないのでは?と思っていたのですが、生成AIは新たな分析メンバーみたいな感じで、人間が見落としていた示唆を出してくれたな、と実際に分析して思いました。 そこからいくつかの新しい極意もできました。AIを活用した分析で、人間にとって刺激になるような情報をアウトプットとして出してくるところも良かったところです。
*D2C虎の巻に収録された開発極意の一例:生成AIの分析から示唆を得たD2C特有の新しい価値(デコムのインサイトリサーチ1189名から得られた調査結果から分析、導出した)
―――マーケティングにおける成AI活用の留意点はありますか。
大竹:留意しないといけないポイントとしては、例えば調査データをAIに読んでもらうと、効率的にポイントを要約したり把握できるようになってくると思うんですね。しかしながら、要約で抜け落ちた行間や、正しく言語化できない曖昧な表現にこそ、インサイトに繋がる大事な核がある場合があります。ローデータをそのまま読み込むことでAIで要約されたものを読むだけでは得られないものも確実にあると感じています。そういったものを完全に排除してしまっていけないタイプの仕事もあると思っています。
大竹:すべて効率優先になってしまうと、本来しっかりと読み込むことで得られるはずだった情報は得られなくなるし、読み込むことで得られたであろうスキルも得られない。そのため、組織においてはマネージャーが仕事を取捨選択してあげたり目を入れていくこと。これは生成AIを活用すると同時に、これからのマーケティングのなかでは重要ではないかと思います。
岸下:実際に読み込んだり分析した結果、最後の示唆を決めるのは人間というのはその通りですよね。生成AIがいろいろ出してくれる情報を使いこなせるだけの人間側のスキルが必要、というのは業務を通じて感じるところです。
―――最後に、D2C事業部の今後の挑戦/デコムに期待することがあれば伺わせてください。
大竹:D2C事業部のビジョンとして、我々はお客様の自己実現をお手伝いするライフスタイルパートナーになりたいというビジョンを掲げています。虎の巻を作ったとはいえ、新しい製品やインサイトを開発していく過程での調査というのが当然出てくると思いますので、今後もお力添えをいただければと思います。
―――本日はありがとうございました。今後もぜひよろしくお願いします。
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