INSIGHT LAB

人間の悪に目を向けたアテント「がんばらない介護」

「七つの大罪」というキリスト教の教えがあります。人間を罪に導く可能性があるとして戒められています。

仏教にも、同じように人間を戒める「煩悩」という教えがあります。煩悩は除夜の鐘を叩く回数である108あるというのが通説ですが、その根本は、三毒と称される以下3つの煩悩です。

・貪(とん=むさぼり求める心)
・瞋(じん=怒り)
・癡(ち=無知)

古今東西を問わず伝えられている通り、人間は「悪しき心」から逃れられません。「悪魔の囁き」という言葉がある通り、まさに魔力と言うべき強さがあります。

「人を支配したい」
「自分を甘やかしたい」
「人を出し抜きたい」
「羽目を外して暴走したい」
「現実逃避したい」
「タブーを犯したい」

そのまま公の場で口にするのはちょっとはばかれるデビル(悪)の欲求を充たしたい。そのような醜さを持っているのが、人間の一面だと私たちデコムは考えます。

しかし、商品や事業、プロモーションの企画が行われるとき、このようなデビルの心は、なぜか忘れられてしまいます。ビジネスの現場では、人間には「善き心」=エンジェルな欲望しか持っていないかのように考えている人が多く、デビルの一面には目が向けられないことが殆どです。

私たちデコムは、十数年に渡り700案件を超えるインサイトリサーチとアイデア開発のプロジェクトを提供してきましたが、デビルの欲望に目を向けていないマーケッターや研究者を数多く見てきました。インタビューやアンケートで回答される、消費者の“きれいごと”を真に受けて企画を進めているのです。

そこで生み出されたアイデアは、人間の本質をつかまえていないので、心を動かすことができません。反感は持たれないかもしれませんが、強い共感も得られない。そして、その企画は不振に終わるのです。

デビルにも着目して成功したアテント「がんばらない介護」

人のエンジェル(善)とデビル(悪)の欲望の両面に目を向けて成功した、介護オムツの広告コミュニケーションがP&G(現・大王製紙)のアテント「がんばらない介護」です。

介護オムツに関するインタビューなどを行うと「これまで自分を育ててくれた大好きなお父さんだから、介護を頑張るのは当たりまえ」「他にできる人はいないし、私が介護するのは当然だと思う」などの意見が出てきます。

ですが、当時のブランドチームは、それを真に受けませんでした。表面的には、そのようなことを口にする人も、心の底では(私自身の時間はどうなるの?失われてしまうの?)(いつまで続くの、この介護生活。亡くなるまで続くの?)(やっと子供も巣立って、これから自分の人生を楽しもうと思っていたのに、それはもう叶わないの?)そう思っているのではないか、と考えました。

これらの気持ちは「傲慢さ」「逃避」と表現できる、デビルな欲望の1つです。

親の介護をしている人は「親のために介護をしてあげたい、役に立ちたい」というエンジェルな欲望と、「私の人生はどうなるの?いつまで続くの?」というデビルな欲望の狭間で葛藤しています。ここに、琴線ともいうべきインサイトを見出したのです。

そこで企画されたのが「がんばらない介護」。これが当時のTV-CMです。

娘…「父は、私を励ましてくれた。」
   映像:寝たきりの父を介護する娘

-回想-
若い父…「頑張れ!頑張れ!頑張れ!」
     映像:運動会で幼い娘を応援する若い父…白黒

娘…「頑張れが口ぐせだった。」

娘…「そんな父が…。」
   映像:家事を続ける娘

父…「俺のために、そんなに頑張るな。」
   映像:ベッドで天井を見詰めつぶやく、寝たきりの父

娘「その父の言葉で、無理をしていた自分に気が付きました。」
  映像:ベッドを整える手を休め、父を見る娘

ナレーション「頑張らない介護生活、始めませんか。」

アテントは、このインサイトに基づき「介護者の精神的な負担を軽減する」というパーパスを設定し、広告コミュニケーションを展開したのです。

デビルな欲望を言語化する

消費者のきれいごと、エンジェル(善)な欲望ではなく、その裏にあるデビル(悪)な欲望も両面を明らかにしなければ、人の琴線に触れるようなインサイトを捉えることは難しのです。

しかし、通常のアンケートやインタビューでデビルな欲望を口にしてもらうことは非常に困難です。なぜなら、社会や世間がそれを許さないからです。あえて露悪的にそのような発言をされる方も中にはいらっしゃいますが、”狙って”発言している分、ホンネとは言い難いでしょう。

私たちデコムでは、早くからこのデビルな欲望の重要性に気づき、欲望マンダラを作成するなど、研究をしてきました。その研究の成果で、人のデビルな欲望を言語化させることが可能なインサイトリサーチ手法を確立しています。