INSIGHT LAB

「わたしではないわたし」に潜むインサイト:文化人類学からのインサイト思考

あなたはあなた自身の「ほんとうに欲しいもの、好きなもの、理想とするもの」を言葉で誰かに説明できますか?

頭で論理的に考えられた言葉は、確かにそのものごとを正しく説明できている、完結にまとめられていると思いつつも、どこか嘘っぽいし、こんなこと普段は考えていない…、というのが人間だと思います。

このように「顧客は「自分が何を欲しいのかわかっていない」と広く知られる現代において、顧客を対象とした調査=インサイトリサーチをする意義はあるのだろうか、という疑問が出てくるのは自然な流れです。

この疑問に対して、「デコムのインサイトリサーチは有益なマーケティング手法である」と胸をはって答えるため、文化人類学的な観点からインサイトリサーチを考えてみましょう。

文化人類学とは?

文化人類学とは簡単にいうと、以下3つの観点を持ちます。

①異なる環境や価値観に入り込む 
(例:ある民族の村に入り込んで共同生活を送る)

②自らの環境や価値観を相対化し外部化する 
(例:その暮らしのなかで得られた純粋な目線で自らの都市で生活をながめ、差異や疑問点を見出す)

③新しい視点から、身の回りの環境や価値観をアップデートする 
(例:新たな人間の本質や環境との関わり方を見出していく)

昨今重要視されているのは、どれだけ“純粋”に他の環境や価値観に入っていけるのか、です。

ただし、人間はそう簡単には自分の環境、過去のできごとや経験などからできあがった“価値観”を捨てることはできません。他者の文化に「完全に同化する」というのはどこまでいっても不可能な夢物語であり、少々危険な姿勢でもありそうです。

例えば、ある民族の文化を「未開の地では、このように純粋な価値観で文化が構成されているのか…!」と、現在の自国の文化を上位に置いた既存の価値観ありきの勝手な感慨に浸っていても、本当の意味での新しい視点にはたどり着けないのは明らかです。

それではどのような姿勢・認識を持てば“純粋”な目線に近づけるのでしょうか。

「私は私でなく、私でなくもない」という感覚に潜むインサイト

レーン・ウィラースレフの『ソウル・ハンターズ──シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学』(亜紀書房、2018)という本の中で紹介されている狩猟民族のエピソードがあります。

エルクという鹿の一種の狩猟に際してハンターが行う儀式では、エルクへの完全なる一体化が求められます。呼吸のリズムや聴覚や嗅覚まで、エルクになりきることが必要とされます。しかし、完全なる一方的な同期ではハンターの精神がエルクに“乗っ取られ”ることで、人間として帰ってくることができず(そのまま精神的な疾患を負うことに…)、その狩りはもちろん失敗とされます。

そこで重要視されるのは、狩りから帰ってきたときに、その経験を周囲の人たちに「話す」ということです。これにより「人間性を取り戻しつつ対象に同化する」、というミッションが達成されるのです。「獲物に半分同化しながらも、しかし完全に同化しきることがない」というバランス感覚の中にこそ“純粋”な目線があり、その先に「理解」があり、「成功」が導かれるのです。

この感覚を上妻世海は『制作へ』(オーバーキャスト、2018)の中で「私は私でなく、私でなくもない」という視点で表現しています。

これは鏡を見続けているときに起こる、右手を上げているが鏡の中は左手を上げている(=私でなく)、と同時にあきらかに自分のようでもある(=私でなくもない)という感覚を指します。そういった感覚へと自らを投げ込むような動き自体に、本当の理解やその先の創造性が見えてくるはずだというのです。

この「私は私でなく、私でなくもない」という感覚にこそ、論理的な説明を離れた心の在り方の表明、さらにはその先の理解、新たな創造があるのだと思います。

「本当の無意識=私でなく、私でなくもない」の感覚へと誘うビジュアル刺激法

デコムの「ビジュアル刺激法調査」は、対象者をこの「私は私でなく、私でなくもない」へと導くことで、通常のリサーチでは明らかにならない本当のインサイトをあぶり出すものだと言えます。

調査においては、インサイトリサーチの対象である商品やサービスのビジュアル化→商品やサービスを一度忘れてもらい、そのビジュアルのストーリー化(そのビジュアルのもつ感覚や五感の表現)が行われます。例えるなら「エルクの狩りにおける完全なる一体化」のようなものです。

商品やサービスにつながりがありつつも、選んだビジュアルが主体となるため、ある種の「自分と関わりのない」表現がされています。(=「私ではない」ものについての言及)

その直後に、そのビジュアルのストーリーと商品・サービスや自分の感情や生活などとの関連性を答えていただきます。これは「狩りの体験を周囲の人たちにありのまま話す」、という人間生活への回帰にあたります。間接的な形において「自分と関わりのある」表現が行われます。(=「私でなくもない」ものについての言及)

この「自分から離れる→自分に帰ってくる」という流れを通して、日常生活の中では気づきもしなかったような商品・サービスの価値や欲求、不満へと対象者をリードするのがデコムのビジュアル刺激法調査です。

このビジュアルへの投影といういわば「“私”をなくした世界(狩りをする森)」にこそ、本当のインサイトが隠れているのです。

ビジュアル刺激法を用いて正しいインサイトを狩りにいき、正しい創造の世界を広げましょう。