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ヒューリスティックスを理解すれば人間の行動が分かる

人間は論理的に整合性の取れた意思決定を下すと思われがちですが、ごく稀に…いや結構な頻度で、非論理的で辻褄の合わない意思決定を下します。

前回の「行動経済学を理解すれば人間が分かる」ではプロスペクト理論を説明しました。今回は、ヒューリスティックス・バイアスを紹介したいと思います。

人間はいつだってヒューリスティックス

ヒューリスティックスをものすごくザックリ説明すると、理屈も筋も通ってないけど、本人だけは正しいと思っている直感的な意思決定をなぜ下すかを示した理論です。

通常であれば、数字を集めて計算したり、様々な情報を収集して考えたり、論理立てて、じっくり時間をかけて合理的な意思決定が行われます。しかし、全ての意思決定において、それらをやっていると脳が爆発します。少なくとも疲れる。

例えば今日はどんな服着る? 昼飯何を食べる? 家の外を出るのは右足、左足? 仕事は何から始める? 日常における意思決定の数を挙げたらキリがありませんよね。

自分の中で優先順位も高く、自分の意志で決めたい場合を除いて、脳はヒューリスティックスと呼ばれる直感的な意思決定に頼ります。これはファスト&スローでダニエル・カーネマンが説いた「システム1」状態です。

ヒューリスティックスは「脳が考えるのを止める」のではなく「脳が省電力モードで稼働する」のと同義だと私は捉えています。メリットとしては、脳が疲れずに済み、時間もかからず短期間で結論を得られます。デメリットとしては、よく考えれば誤りだと気付く意思決定も、システム1状態だと気付けません。

そのおかげで、様々な「ワナ」に陥ってしまう。以下に幾つか列挙します。

偶然を必然と考える「平均への回帰」

1回目の結果が良かった・悪かった人たちの2回目の結果は、1回目全体の平均値に近くなる現象を「平均への回帰」と言います。データは、極端なデータになるよりも平均値に近くなる確率は常に高いのです。

「回帰」には「もとの位置または状態に戻る」という意味があります。すなわち「平均への回帰」とは「最終的に平均に戻る現象」と考えれば良いでしょう。プロ野球で言うところの「隔年投手」を例に考えると「平均に比べて特段に能力が優れているわけでは無いけど偶然活躍でした」「平均に比べてずば抜けて優れているのに偶然活躍できなかった」の2種類が考えられます。

でも人間はヒューリスティックスな状態だと「良い時」「悪い時」だけを見て判断しがちですよね。90年代のヤクルトとか年単位で評価が変わって大変です。

ビジョナリー・カンパニーで取り上げられていた企業は、「良い瞬間」だけを切り取られています。先ほど紹介した「ファスト&スロー」でも「『ビジョナリー・カンパニー』で調査対象になった卓越した企業とぱっとしない企業との収益性と株式リターンの格差は、大まかに言って調査期間後には縮小し、ほとんどゼロに近づいている」と言及されています。

「平均への回帰」に気付いたのが、日経ビジネスの編集長だった杉田亮毅さんです。就職時に人気大企業だった会社が見る影も無くなる、あるいは歯牙にもかけなかった中小企業が大企業になるのを見て、杉田さんはデータから「企業の寿命は30年だ」と発見します。ちなみに後に杉田さんは日経新聞の社長を務め、日経新聞デジタルの礎を築いた人でもあります。

時系列・時間軸での評価が誤謬に気付く方法でしょうか。少なくとも、たった1回で判断せず、2回目3回目を見守るべきですし、もしたった1回で判断せざるえない場面があるなら「平均への回帰」の可能性を忘れてはいけないでしょう。

お金に色を付ける「メンタル・アカウンティング」

お金の入手方法に応じて、お金を仕分けする心理を「メンタル・アカウンティング」と言います。端的に言ってしまうと「人は誰しも独自の勘定科目を持っている」のです。

例えば「あぶく銭は散在しても構わない」とか。あぶく銭だろうが何だろうが、お金はお金なので、給料と同じように貯金したら良いのに、あぶく銭だからという理由で散在するのは全く論理的ではありません。

お金に関して意思決定をする際、様々なことを勘案して総合的に判断せず、入手方法という狭いフレームの中で判断してしまうのは、お金に「色」が付いているからですね。

例えば、当初予算は3万円だったのに、どうしても5万円のシューズが欲しくて買ったとします。すると2万円オーバーしているので、どうしても節約しがちです。例えばいつもは大盛なのに並を頼んじゃう、とか。自分の心の中で勝手に「シューズ代」という勘定科目を作ってしまうと、その枠内で赤字・黒字って考えてしまうんです。

でも、その2万円オーバーはその月の支出額のうち、どれくらいを占めるのでしょうか? 貯金から切り崩すという発想はないのでしょうか?