n1から万人に共通して根底に流れる欲望を見抜いてやれ
山口:n1からでも、普遍的な人間の悩みを読み取れるかどうかが大事だと思っています。一種の教養だな、と感じたんです。文学作品見たり映画・ドラマ見たり、なんでもいいんですけど、人間ってこういうもんだろう…って洞察力が最後は重要だなって思ったんですけど、いかがですか?
大松:おっしゃるように、私たちデコムはn1から世界中の人々に共通している欲求を見つけたいです。それを充たせれば、アップルみたいに世界中10人に1人がiPhone使ってます…なんて世界観を目指しています。
マーケティングって、コトラーさんがセグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングを世界に広めて「まず切り刻まないといけないんじゃないか」と曲解されちゃいましたよね。n1から万人に共通して根底に流れる欲望を見抜いてやれ、って野心が無くなってしまった。消費者や市場を切り刻んで「ニーズは18%です」「ターゲットは何万人です」とか言っちゃう。
代表値の話がありましたけど、傾向として増えてる減ってるより、人間を考えられるかって重要だと思うんです。データが溢れている時代だからこそ、表面を舐める人が増えていると思っています。
この間、あるYouTuberと若い女性の研究をされている方たちとトークセッションをやったんですね。昔は「インスタ映え」的な非日常系動画が流行っていましたけど、今はGRWM(Get Ready With Me)とか、モーニングルーティーンとか、日常系動画が増えています。「だから非日常から日常にSNSの世界は大きくトレンドが変わっている」と言ってたんですね。
「それ、なんでなの?」と聞いたんです。だって、それはただの現象ですよね。それで人の事、理解したつもりになってんの? …いや、そんな強く言わないですよ、心の中で思ったんですけどね(笑)。でも、答えの要領が得ないんですよ。答えになっていない。
聞き方を変えて「テレビを見ている時とYouTubeを見ている時の気持ちってどう違うの?」とシーンを限定して聞いてみる。でも要領を得ない。浅いなぁ、と思いましたね。
書籍では「人を深く洞察する観点」として4つ掲げているので、ぜひ読んで欲しいんですけど(笑)。洞察にはある種の型があるので、シーンとか感情とか、そういうのを一筆書きで理解すると、人間理解がもうちょっと進むと思うんですよ。
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山口:情報量だけで言うと、定量調査で聞いて、フォーカスグループインタビューで聞きたい質問だけを聞く、そうしてある程度の像がそこかやじるしら浮かび上がるでしょう。でもn1を具体的に見て立ち上がってくる問題は、情報の質として違うと思うんです。
先日、リクルートでスタディサプリを立ち上げた山口文洋さんとお会いしまして、彼がスタディサプリを立ち上げようと思ったキッカケになった話を伺いました。経済的に苦しい状況にある母子家庭なんだけど、大変聡明なお子さんがいらっしゃる家庭にお会いになったそうです。
良い大学に行かせるには良い私立、良い私立に行かせるためにはSAPIXのような塾に行かせないといけない。とてもじゃないけど私にはできない。友達も塾に行っているし自分も行きたいと子どもが言っているんだけど、なかなか行かせてあげれないとお母さんが涙ながらに語っている。彼はもの凄く共感して、次は憤りを感じたそうです。これだけデジタルだ何だと言われている中で、教育はなぜ20世紀のままなんだ、と。もともとコンテンツビジネスですから、レバレッジが効くはずなんです。
良い授業を作って、コピーすれば、大勢から少しずつお金を貰って、結果的に大量のお金を講師に渡せる。ミュージックアーティストのようなモデルができるんじゃないかと考えて、スタディサプリを始められた。
経済的に今苦しい状況にある人がいるって、統計的に観れるんです。だから平均年収だとか母子家庭が苦しいってデータはみんな知っていますよね。だけど、そういう事業を起こそうとはならない。
今は、ビジネスにモチベーションを感じにくい時代ですよね。n1から真実が見えて、ストーリーが現れたほうがビジネスをやる側としてもパワーが出るでしょう。具体的な人間像が見えていて、誰のために何の仕事をやっているのかが感じれる。モチベーションという観点から、n1という高い解像度で人間が見えているのは、競争優位を左右するなぁと思います。
それじゃないんですよ、お母さんの琴線は
山口:マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の「I Have a Dream」ってありますよね。黒人差別が酷いから是正すべきだって演説をするなら、平均的に黒人男性の年収はこれぐらい、管理職に就いている割合がこれぐらい、データで抽象的に語ることができるんです。彼はn1の状況として、黒人と白人が同じテーブルについて人類の自由を語り合っている姿が見えるって言ったんです。世の中を動かすとき、人を動かすとき、パワーがあるのは具体であり、ストーリーであるという気がするんです。どこ向かって走っているかと悩む時に、凄く有効なアプローチになるのではないでしょうか。
大松:やっぱりビジネスって、そんなに簡単に上手く行かないので、挫けそうになるわけです。そういうときに支えてくれるのはn1なんです。スコアとか代表値が支えてくれるわけじゃない。
さっきおっしゃられたような、経済的に難しいけど何とかしてやりたいというお母さんの辛い想いを目の当たりにしていることが、ビジネスを進めて行く人にとっての生きる意味に繋がっていくと思うんです。
ですから、政府や公共政策とかも、n1を考えて欲しい。さっきの話だと、補助金とかになるんです。それじゃないんですよ、お母さんの琴線は。他の子どもたちと同じような環境を与えてあげたいだけなんです。
山口:やっぱり心の問題なんですよね。人間を立ち上げないと、金出しときゃいいじゃないかってなっちゃう。他の子どもたちと同じように塾に行って一緒に切磋琢磨させたい、という親の「子供を思う気持ち」に対する創造力が大事なんです。共感する力と言っても良いと思う。熱い、寒いだったら当然共感できるんでしょうが、もう少し「切なさ」というか「哀」感みたいなのにアドレスできないと、難しいですよね。
大松さんの話を聞いていて、組織変革の文脈の中でもn1は重要だという話を思い出しました。アメリカにこういう話があります。
ある病院の経営が上手く行ってなくて、いろんな組織調査をやるんです。離職率とか従業員の満足度とか、患者の満足度とか、さらに患者の家族の満足度とかまで測る。病院長がスコアを見て「ちゃんとやれ」って言う。それでもどんどん下がっていく。
その病院には、患者や、その家族が書けるノートが置いているんです。ある日、ある患者の家族の書き込みがありました。その患者は胃がんの手術をやる予定で、数日前から食事ができませんでした。ですが当日にオペレーションにミスがあって、手術ができなくなってしまい、次の日にやることになりました。患者はトータルで4日間ほぼ何も食べられなくて衰弱してしまい、しかも結果的に亡くなってしまった。ノートには、患者の最期の4日間にこういう扱われ方をされたことに対する悲しみが書かれていたそうです。
そのノートがコピーされて、病院内を回るようになってから変革が進むようになったんですね。この方、本名では無く仮名でMr.Robertと書かれているようなのですが、「No more Mr.Robert」という呼び掛けで、自分たちの仕事をもう1回考え直そうよという流れになり、組織変革が自発的にスタートしたんですね。
組織変革においても、共感というか、n1というか、解像度の高い顧客像が大きなエネルギー像になるんじゃないかなぁと思いますね。
大松:話を伺っていて思い出したエピソードがあります。「不登校新聞」という新聞があります。不登校の子供をお持ちのご家庭や、教育関係者が読む新聞なんです。新しい編集長の人も不登校体験者なんですね。
彼が編集長になって直ぐ、どんどん部数が減っていって下げ止まらず、このまま行ったら休刊にならざるをえないところまで事態が悪化してしまったそうです。
自分が編集長になって、半年でこれは…と考えて、なんとかしようと色々試行錯誤された。ある日、読者の方のコメントを読み返していたらしいんですね。そこで、ある1つのコメントに目が留まるんです。
「普段は、周りの子は学校に行っているのに、どうしてうちの子だけ不登校になってしまって…と思っているけど、2週間に1回届く不登校新聞を読む時だけは、悩んでいるのは私だけじゃないんだと知れて、ちょっと気が楽になります」
それを見て、「困っているのは自分だけじゃないんだと知る」のが新聞の価値なんだと編集長が気付いて、編集方針を思いっきり変えるんです。それまでは一面に不登校に関する専門家の研究が載っていて、後ろに不登校の体験談が載っていた。それを一面に持ってきて、常に過去の経験を載せるようになった。
解決するわけじゃないんです。不登校新聞を取っている人は、解決したい、じゃないんです。その時だけでも、戦っているのは自分だけじゃないんだ、と分かるのが価値なんです。それ以降、部数が復活していくらしいんです。テレビでやっていたんですけどね。
不登校新聞を読んでいるお母さんに、グループインタビューやったとしても「何とかして子供が学校に行く方法を教えて下さい」という回答になっちゃう。だけどそれは本当に求めている事じゃない。別に不登校だってかまわないんだ、ぐらいの気持ちにさせてくれるのが本当に求められていることなんです。
山口:言葉にするのは、勇気が必要ですよね。表面的には「いかに復帰できるか」「勉強したいと思います」みたい言葉になりますよね。言葉にすることの危うさが出ますよね。
自分自身が求めていることは何なの?
山口:大松さんは顧客企業を助ける立場でインサイトの作り込みをされていますけど、インサイトって企業の問題だけでなく、自分自身をどうするかって問題にも行き着くじゃないですか。なんか楽しくない、なんかやる気出ない。そういう感情は言語化するとウソが入りますよね。
最近マインドフルネスが流行っているのは、言語化できないんだけれども、自分の奥底でどういう気持ちにあるのかを解像度高く掴む重要さが増しているんじゃないかなぁと思うんです。
大松:心理学に投影法という考え方があります。投影法のコンセプトは人の本心は直接聞いても分からなくて、間接的に明らかにすることができるという発想で、心療内科のカウンセリング方法なんか投影法に基づいています。最初は感覚感情を言語化させずに、これに関しての絵を描いてください、ビジュアルを選んで下さいと対話します。聞きたいのはそこじゃないんですけど、ビジュアルに感覚感情を投影させる。その後に、事実関係を確認していくんです。そういうテクニカルな方法があります。
「自分自身が求めていることは何なの?」みたいな疑問は、直接的に言語で問うても自分自身はよく分からないので、答えられないですよね。だから投影法のようなテクニックを使う場合もあるでしょうし、今日お話をした「お気に入りの行動」から「不満」を紐解く方法もあるでしょう。
山口:キャリアの考え方でも重要ですよね。自分のなりたいこと、あなたの楽しいこと、これって結構違います。色んな人の面接官をしましたし、私自身の過去もそうなんですけど、憧れと、本当のお気に入りって結構ズレている。そして、お気に入りじゃないと活躍できなんですよね。だから何に心が動かされるかを突き詰めて考えて、自分のインサイトを捉えるのは、こういう時代だからこそ非常に重要なんだなと思います。
>>>【第3回目】『大松孝弘×山口周氏 対談ログ』~ほんとうの欲求は、ほとんど無自覚~
アートな世界をテクノロジーがサポートする/人が求めているけど充たされないものが共感に繋がる/ほんとうの欲求は、ほとんど無自覚