東京ガス株式会社は、1885年に「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一によって設立された、「都市ガス・新電力ともに国内 No.1 の販売シェアを誇る」エネルギー事業者です。
グループ経営理念「人によりそい、社会をささえ、未来をつむぐエネルギーになる」を掲げ、都市ガスの製造・販売、LNG販売、電力供給、エンジニアリングソリューション、不動産開発など、幅広い領域でビジネスを展開しています。
今回、お客さまサービス強化とマーケティング人材の育成を目的として、デコムのインサイトスクールを導入いただきました。
本インタビューでは、インサイトスクールを採用した理由や背景にあった課題感について、また、インサイトスクール受講後に行った社員食堂の改革など、受講で得た学びを活用したプロジェクトや社内での反響について資材部調達企画グループの岩城様にお話を伺いました。
【バリューエンジニアリング】という手法を用いて、スタッフ業務改革、購入品のコストダウン、グループ会社の事業改革を推進している
東京ガス株式会社 資材部調達企画グループ 岩城様
ーー先ずは東京ガス様と、岩城様の業務内容やミッションについて教えていただけたらと思います。
岩城:東京ガスは、渋沢栄一が創業した会社で、今年で140周年を迎えます。1969年に、国内で初めて天然ガスを導入した会社であり、LNG(*)基地が全国に4か所あります。LNGの調達からお客さまへの供給まで、一貫して行える会社です。
*液化天然ガスのこと(LNG:Liquefied Natural Gas)
都市ガスの製造・販売や、ビルの省エネシステムの販売など、エネルギーソリューション系の事業を展開しています。また、海外でエネルギーを採掘するビジネスにも取り組んでいます。さらに、給湯器の交換や住宅のリノベーションなど、お客さまサービスにも力を入れています。
私が所属する資材部調達企画グループでは、社内コンサルタントとしてバリューエンジニアリング(*)という管理手法を用いて改革を推進しています。この手法は、自動車メーカーや製造業で広く使用されている考え方で、バリューエンジニアリングを応用し、グループ会社の事業改革、スタッフ業務効率化、さらにマーケティングや人事領域など、さまざまな分野で改革を担当し、年間30件程の取り組みをしております。
*バリューエンジニアリング(VE手法):対象の価値(=機能÷コスト)の向上をはかる手法。「機能」と「コスト」を明確にし、目的思考で改善案を創出することが特徴
お客さまにどうやって受け入れてもらえるか、手に取ってもらえるか、マーケティングの強化を目的としてインサイトスクールを導入した
ーーインサイトスクールを導入した背景をお伺いさせて下さい。
岩城:東京ガスの経営ビジョンである「Compass2030」では、海外市場、ソリューション事業、そして電力分野への注力が宣言されています。一方で、時代的背景として、2017年にガスの小売り自由化が始まりました。これにより、東京ガスグループとしてはこれまで以上に競争力を高める必要があります。
とはいえ、弊社はインフラ会社ですので、誰にでも平等に生活者に届けるという使命があります。捉え方によっては、マーケティングの概念とは相反するものがあるかもしれません。そのため、顧客像が曖昧になりやすく、その状態でペルソナを書いても実在しない架空の顧客像になってしまう事から、顧客像を掴み、お客さまの心を知る事がまず必要だよねという事で、インサイトの先駆けであるデコム様に研修をお願いさせて頂きました。
人の声を聞く「n=1」という考え方は、消費者であっても従業員であっても重要な考え方、インタビューは有効なツールであると考えていた
岩城:消費者であれ従業員であれ、人の声を聞く「n=1」という考え方は非常に重要であり、インタビューは有効なツールであると考えています。私たちはもともとコストダウンを主軸に事業改善を行っていましたが、やはり売上を伸ばさなければならないという点に必ず行き着く瞬間があります。その時に、どのようにマーケティングのノウハウを活用していくかが重要であり、世の中にはさまざまな体系的なマーケティング手法がありますが、最終的に突き詰めると原点は、お客さまの声を聞き、価値観を理解することであると考えています。
岩城:それは小さな一歩ですけど、大きな一歩と考えており、まずそこから始めようということで、体系だった手法を取り入れるのではなくて、まず実際に給湯器やリフォームをご購入いただいたお客さまに会って、我々のお客さまはどのようなお客さまで、どういうことに価値を感じられていて、なぜ今購入してもらえていて、というところの理解から、現状分析から始めようと。そのために、インサイトスクールを通じて、インサイトに踏み込んで理解するためにどのような考え方が必要か、私自身も学びを深めていく必要があり、プロジェクト全体で共通認識化するために受講しました。
ーーーー実際にチームの皆様でご受講いただいた際の感想や変化について教えて下さい。
岩城:まず、インサイトスクールを受けた後に、実際のご購入者に対してユーザーインタビューを行う予定があり、その前に研修を受講したという背景があります。お客さまの依頼に対して受け答えをするのではなく、限られたインタビュー時間の中で「お客さまの理解を深める」という目的を果たすための質問をすることは、インタビューを行った経験がない人にとっては非常にハードルが高い状況でした。
インサイトスクールでは、実演の演習動画もご提供していただいて、人の生活領域からその人の価値や未充足を紐解いていくというインタビューのポイントも掴むことができ、チームとして活動イメージがより明確になった感触があります。
研修の中では、座学・実践ワークで非常にうまく構成され、誰もが知っている過去の実例から企業事例へと段階的に説明していただきました。半日ではありましたが、インサイトを紐解く上で重要な4つの観点など、チームとして非常に理解が深まり、その後社内で無理なく学んだことを活かして進めることができました。
インタビューをして得られた事実に基づいて、共通の基盤で議論できるようになった
岩城:色々なメンバーがいる中で議論を深めていくには、多くのメンバーが共通基盤で議論することが重要だと考えています。これまではお客さまについて憶測で議論していた部分がありましたが、メンバーが直接お客さまにインタビューし、得られた事実に基づいて、お客さまの共通像を皆で持ちながら議論できるようになりました。その上で、1人、2人、10人とインタビューの数を増やし議論を深めると、より深堀をした価値観や、その価値観に応えるために行うべき施策が分かってくるようになりました。
ユーザーインタビューを起点に、手がけた社員食堂のリニューアルは、健康経営の象徴的な取組みとして大成功
ーーーーインサイトスクール受講を得た学び即実践に活かして、他のプロジェクトにも適用して頂いたと伺いました。岩城様が行った改革について教えてください。
岩城:社員食堂のリニューアル改革において、解決策の実行にあたって、デコムさんから教わったユーザーインタビューの手法を取り入れ、これまでの改革立案とは異なるアプローチを採用しました。
例えば、社食改革の一つの施策として、グラムデリというビュッフェスタイルを取り入れました。グラムデリでは、量を調整できるという特徴があります。量を調整することで、自分の体調に合わせて食事量をコントロールできますので、健康的な食生活を目指すというテーマで、人事部と共同でソーシャルグッドなキャンペーンを実施しました。
社員食堂のリニューアルの目玉となるグラムデリ。
好きな料理をお盆に乗せて計量して精算する。自分で食べる量をコントロールできる。
※取材班も心を躍らせながら大変美味しく頂きました。
これらキャンペーンも合わさって、実際に社員食堂の満足度や利用率も大幅に向上し、大きなムーブメントになりました。社員食堂は皆が毎日利用するもので、接点が非常に多いため、経営層からは「会社が変わっていくという機運の中で、会社が変わっていく事が実感として感じられる出来事だった」と言われました。その後、より大きなムーブメントとなり、会社として健康経営や福利厚生全体の改革に繋がる事となります。
また、食の満足が上がり、これまで利用していなかった人たちの利用が増える事で、同僚との会話やオフラインでの部門職場紹介などのイベント等の新しい社内コミュニケーションの形も生まれました。
「声なき声を形にする」という考え方は、デコム様のパーパスにもある重要なポイントであり、ユーザー視点で、特に改善代のある顧客層の声なき声を捉え、価値観と現状のGAPを捉えた結果だと感じています。その起点は、デコム様のインサイトスクールで学んだユーザーインタビューであり、インサイトだったと感じています。
n=1インタビューを起点に、社員食堂の理想的な機能を議論していった
ーーーーすごいです。社員食堂のリニューアルプロジェクトについてユーザーインタビューなど、もう少し詳しく教えていただければと思います。
岩城:東京ガスの社員食堂は、これまでも美味しい料理を提供していただいておりましたが、従業員の働き方や食の価値観が大きく変わる中で、食堂リニューアルを機に更に満足度を高めるために、どう改善すべきかをしっかりと議論しました。
まず、食堂の機能を再考し、改革手法であるバリューエンジニアリングの考え方に沿って、食堂の機能を「見える化」し、ありたい姿と現状とのギャップを整理し、取り組むべきテーマを整理しました。最も難しかったテーマは、食の満足度を更にどう高めるか、でした。それに当たっては、まずはn=1を信じて、利用層の低かった世代を中心にインタビューしたことが改革の起点になりました。
近視眼に陥らないために、社食について直接聞くのではなく、昼休みや食生活という周辺領域からヒアリングを重ねていった
東京ガス 社員食堂のレイアウト(パークサイド)
岩城:最近の世の中のトレンドでも、健康志向が高まっていると言われていますが、インタビューを進めていく中で、実際には一人ひとり食に対する考え方や行動が異なることが見えてきました。例えば、脂質ゼロを求めてコンビニに行く人や、忙しくて食事のタイミングがうまく取れない人、飲みすぎた翌日に昼食で調整する人など、様々な行動パターンが浮かび上がりました。
また、デコムさんのインサイトスクールの講義で「マーケティング近視眼に陥らないことが大切」という点も意識し、食堂の「食」だけに焦点を当てるのではなく、昼食の前にそもそも昼休みであり、社員にとって昼休みとは?が重要であることに気づきました。昼休みは、「気分転換を促す」という機能が非常に重要であり、どのような食堂であれば気分転換を促す事ができるか?についても、議論していきました。
お昼の時間をどう過ごすかについて、コンビニやお散歩など、選択肢は多様です。コンビニは、製品ラインナップが充実しているため気分に合わせて食べ物を選ぶ楽しさや、昼休みという限られた時間の中で必ず何か選択肢があるという安心感、外食は外の空気を吸う事での気分転換や、お気に入りのお店にいくなどの「ご褒美感」に応える事が出来ると考えています。社員食堂について直接聞くのではなく、周辺領域に関するヒアリングを重ねることで、より多角的な視点を得ていきました。
また、30代の方にインタビューした際、面白い意見がありました。この方は、ドーナツ屋を選ぶ際、自らドーナツをピックアップする体験をするためにわざわざ遠いお店に足を運ぶと言っていました。弊社は、業務状況に応じて在宅勤務という選択肢もありますが、その上で出社しているという事は、朝に何らかの出社業務があり、朝の出勤ラッシュの中で出社する必要があった、と捉えることもできます。そういった中で、昼休みの時間により能動的な選択肢を求める、ビュッフェスタイルはそういった価値にも繋がるのではということも考えました。利用率などは定量的なアンケートで把握できますが、その人が一日の中でどのように過ごしているか、仕事をしている中で昼休みの食事がどのような位置づけにあるのか、そうした背景にある価値や不満はアンケートだけでは把握できなかったと思います。
昼休みの時間に能動的な選択を求める、という価値を見出し導入したグラムデリ。運営会社様ともインタビューを起点に改善を実行、改革を進めていった
岩城:社食改革においては、食堂の運営会社様と一致団結して進める必要がありました。マネージャー、店長、副店長、スタッフの方々と対話を繰り返し、共に改革を進めていきました。供給体制の改善や不採算メニューの改廃など、お互いの困りごとも一緒に解決しながら、成功体験を積み重ねることで、お互い信頼感を得ながら進める事が出来ました。
岩城:社食改革の目玉施策の一つであるビュッフェスタイルの「グラムデリ」は、n=1インタビューを通じて明らかになった、「もっと健康的に能動的に食を楽しみたい」という層に向けて導入しました。一方で、運営視点では、グラムデリはメニューのバランス、細やかな補充・食材ロスにならないようなオペレーションが必要であるため、運営の負担は高くなり、また弊社側としても設備投資も掛かるため、それなりの決断が必要になります。
ただ、運営会社様と様々な改善を繰り返すうちに、食を通じて誰かを喜ばせたいという料理人としての根本的な欲求が、運営会社様にとって重要な動機となっていることも分かりました。運営の負担はあがるものの、ユーザーの嗜好にあったグラムデリの導入をする事が出来れば、「絶対にユーザーを喜ばす事ができる」と決断に至りました。
様々な改善により「前よりとても良くなった」といったポジティブな声が増え、運営の基盤固めを進めていき、最終的にはグラムデリの導入により、利用者満足度が対前年度160%、利用率も対前年度130%向上しました。実際に、ユーザーからは「それそれ、まさにそういうのが(グラムデリ)欲しかった」と、まさにインサイトを突いた時のフレーズを言われる事も多くありました。
改革においてn=1の考え方の重要性と本質。n=1から得られた事実があるから共感が生まれ、周りを巻き込むことができる
ーーーー改めて、n=1の考えについて岩城さんの想いを教えて下さい。
岩城:様々な改革において、デコムさんのn=1の考え方は非常に重要だと思っています。バリューエンジニアリングという改革手法、V(価値)=F(機能)÷C(コスト)の中で、特に、F(機能)をどうやって向上させていくか、多様な世の中において、F(機能)が上がるものを模索する事は非常に難しいと感じています。顧客像がはっきりしないままに対策を考えると、特徴が無い曖昧な施策になってしまう恐れがあると感じています。その問題を解決するには、このn=1の理解を深め、議論していくことが、改革を推進するにあたって欠かせない要素だと思いますね。また、C(コスト)においても、「それはお客さまが本当に求めている機能なのか?」を突き詰めて考えることから、コストダウンにつながるケースも多くあります。
岩城:また、改革を進めるにあたって、チームとして正しい方向に進むためには、解釈ではなく事実をもとに議論する事が出発点になると考えています。n=1からインタビューした内容(事実)から議論の起点をあわせ、そこから深堀を行っていく事が重要だと思います。
また、プロジェクトを進めると簡単にいかない事も多く、必ず何かしらの大きな苦労が伴うと思います。それを乗り越えるには、チームとしての自走感が大事であり、それには方向性に対する共感が大事であると考えています。色々苦労を乗り越えながら、共感された選択肢を正解にしていく、その大前提として、やはりチーム全体が同じ課題を見ている必要があって、それは元を辿るとn=1の事実になりますよね。
これからも、n=1のインタビューで、顧客像・欲求をしっかりと掴んで起点にした上で戦略を考えて改革を推進していきたいですね。
インサイトは消費者だけではない。働く人の価値を捉える、人事向けの施策や改革でもインサイトスクールでの学びを活かしていきたい
ーーーー東京ガス様として、インサイトスクールでの学びをその他にも今後どのように活かしていきたいなどお考えはありますでしょうか。
岩城:世の中的に人材の流動化が激しくなり、また弊社も会社が変革期にある中で、新卒だけでなく私自身も含めて中途入社の社員も増えており、さまざまな世代の価値観が共存しています。そのため、画一的なアプローチは難しくなってきていると感じています。マーケティングでは消費者が対象となりますが、例えば、社内の人事では対象が従業員になると考えています。現在、グループ会社の人事施策の立案にn=1やインサイトという考え方を昇華できないかと取り組んでおります。インサイトは、対消費者のマーケティングと思われることも多いと思うのですが、従業員の価値観を捉える上でも、デコムさんの価値や不満を捉える手法は活用できると思っています。インサイトの考え方は多くの領域で活用できるので、今後の様々な改革の中で体現していきたいと思っています。
ーーーー本日は貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございました。
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