顧客の考えや感想をより詳しく知るための手法、マーケティング戦略として、近年は「n=1分析」が注目を集めています。本記事ではn=1分析について解説するとともに、メリット及びデメリット、そして、手法やフレームワークについても詳しく解説します。
また、n=1分析と比較して語られることが多いペルソナ分析についても、n=1分析との違いを含めて解説します。n=1分析を行うにあたって目的と対象を見定めるのはもちろん、あなた自身のマーケティング活動を推進するべく、本記事を是非ご活用ください。
n=1分析を行うにあたって
n=1分析とは?
「n=1分析」とは、端的に言えば特定の顧客1人や1つの組織などを選んで焦点を当て、考えや感想を深く掘り下げてアプローチすることで、その対象を理解する分析方法です。
定量的な多数分析では見落とされがちな重要な洞察を得るためにも使われる手法でもあり、特定の状況に基づいて意思決定を行う際に役立つので独自性が高いケースから普遍的なものを引き出す為にも利用されます。
目的、及び対象
n=1分析を行うに当たり、先ずは目的を明確化しておきましょう。
目的を明確化するには、解明したい課題や状況、対象者(事例)を選定した理由をハッキリさせることが必要となります。例えば、特定状況における個人の行動パターンや、個人の成功要因、失敗原因を明確にします。この理由が具体的であればあるほどn=1分析を行い易くなるのはもちろん、他の人や組織にも通じる応用可能な学びを得やすくなります。
次にn=1分析の対象です。
前述の通り、n=1分析は特定の顧客1人や1つの組織などを選び、焦点を当てて行う分析方法ですので、n=1分析の対象は特定状況における個人や組織、グループとなります。
n=1分析のポイントと注意点
顧客やユーザーを知るための手法としてn=1分析以外にペルソナ分析が使われることがあります。ここではペルソナ分析とは何か、紹介も踏まえて「n=1分析」とペルソナ分析の違いを比較してポイントを解説します。
ペルソナ分析とは
ペルソナ分析とは、ターゲットとなる顧客やユーザーを象徴する架空の人物像(ペルソナ)を作成し、その人物の視点やニーズを理解することで戦略はもちろん、より効果的な製品やサービスを設計するための手法です。例えば、「35歳で働く母親、年収400万円、スマートフォンでショッピングをよく利用する」など、架空ではありますが具体的な人物像を形成します。
人物像を形成するには、インタビューやアンケートを通じて顧客やユーザーの実際の行動パターンなどのデータを元にして形成すると良いでしょう。主にユーザー体験の向上、マーケティング戦略の立案、プロダクトデザインやサービス改善の基盤作りを目的して行われる分析です。
n=1分析とペルソナ分析との違い
n=1分析とペルソナ分析の違いは以下の通りです。
n=1分析 | ペルソナ分析 | |
対象 | 特定の1人や1つの事例を深く掘り下げる。 | 顧客セグメントを象徴する架空の人物像を作成する。 |
目的 | 個別ケースの詳細な理解と独自の学びを得る。 | 複数の顧客データを集約し、ターゲットのニーズを把握する。 |
アプローチ | 実際の人物や事例を分析対象とする。 | 実データに基づきながら、仮想的な代表人物を設計する。 |
データの使用 | 単一の事例から深い洞察を引き出す。 | 複数のデータを統合して一般化を目指す。 |
出力結果 | 個別ケースに関する具体的な洞察や解決策。 | ターゲットユーザー像とその行動特性、ニーズの要約。 |
活用の場面 | 特異な成功事例や課題事例の分析、個別最適化の施策。 | マーケティングやサービス設計、戦略立案の基盤作り。 |
柔軟性 | 極端なケースや独自のケースにも対応可能。 | 一般的な顧客やユーザーのニーズに特化。 |
主な違いのポイントは、n=1分析は現実のデータや事例を対象とし、ペルソナ分析は現実のデータに基づいて作られる架空の人物像を対象とします。
また、n=1分析は特定のケースを深く掘り下げることで個別対策、解決策を得やすく、ペルソナ分析は複数のデータを集約し、代表的な人物像を構築するので一般戦略を得やすいのも特徴です。
n=1分析のメリット・デメリット
n=1分析の手順、フレームワークを説明する前に、メリットとデメリットについて説明します。
先にメリットとデメリットを知ることで、n=1分析について理解が深まると共に、実際に分析を行う上で考慮するべきポイントも見えてくるからです。
メリット
メリットは大きく分けて以下の5つです。
- 1.深い洞察が得られる
1つの対象(個人や組織、プロジェクトなど)を詳細に分析することで、表面的なデータだけでは得られない背景や文脈、特有のパターンについて深く理解できます。例えば、成功事例について掘り下げることで、そこに独自の成功要因を見つけることもできるでしょう。
- 2.個別で最適な解決策を導き出せる
特定の状況やニーズに合わせた最適な解決策や改善策を検討することができます。例えば、個人の学習スタイルや行動特性を考慮して、支援をカスタマイズすることができます。
- 3.柔軟なデータ収集・分析が可能となる
質的なデータ(インタビューや観察)と量的なデータ(数値や記録)を組み合わせることで、自由度が高い分析を行うことができます。例えば、インタビューを通じた感情や経験の理解だけでなく、売上データなどの数値や記録による裏付けを得ることができます。
- 4.イノベーションのヒントが得られる
他と異なるユニークなケース、または極端な事例から、これまでになかった革新的なアイデアや新たな視点を発見することができます。例えば、異常値や突出した成果を生んだ事例の要因を紐解くことで、新しい手法を構築することもできるでしょう。
- 5.意思決定が迅速になる
そもそもn=1が1つの事例に着目するように、少数のデータでも判断が可能となるため、大規模なデータ分析の結果を待つことなく、迅速な意思決定に活用できます。例えば、1つの成功事例を参考にして、再現させるために短期的な戦略を決定することに活用できます。
そもそもn=1が1つの事例に着目するように、少数のデータでも判断が可能となるため、大規模なデータ分析の結果を待つことなく、迅速な意思決定に活用できます。例えば、1つの成功事例を参考にして、再現させるために短期的な戦略を決定することに活用できます。
デメリット
メリットに対して、デメリットは以下の5つです。
- 1.一般化が難しい
n=1は、1つの事例から得られた結果や洞察であり、その対象特有の要因に依存するため、「極端なケース」や「偶然の成功」に過ぎない場合は特に他の状況や対象に当てはめることが難しい場合があります。例えば、ある企業での成功事例が、そのまま同じように別の企業では通用しない、偶然のヒット商品を分析して、他製品に誤った学びを適用することがあります。
- 2.バイアスによって客観性や再現性が欠ける
1つの事例では主観的な解釈や特定の視点に偏るリスクも伴うため、分析結果の信頼性や科学的な再現性も低くなることがあります。例えば、インタビュー内容から意図を読み取る際に分析者のバイアスによって解釈が変わってしまうことが懸念されます。
- 3.分析者のスキルに依存する
上記2.でも説明したように、分析の質はデータ収集や解釈を行う担当者のスキルや経験にも大きく依存します。例えば、適切な質問を設定できなければ、重要な洞察を見逃してしまうリスクとなってしまいます。
- 4.対象の選定が重要である
n=1分析は、対象事例の選定が分析の結果を大きく左右するといっても過言ではありません。選定した対象が不適切だと、分析そのものが無意味となる可能性があるからです。例えば、成功事例として取り上げたケースが偶然の要因に過ぎなかった場合は、同じ施策を行っても再現性は低くなります。
- 5.リソース(時間・労力)がかかる
多くのデータを集める事も大変ですが、1つの事例を深く掘り下げるには、詳細なデータ収集やインタビューが必要であり、その分時間や労力がかかります。例えば、個人の行動データや意見を綿密に収集するためには、それだけ多くの時間を要することになります。
このように、n=1分析には以上のようなメリット、デメリットがありますが他の分析手法と組み合わせることで、よりバランスの取れた分析も可能となります。
(例えば他の分析方法にはペルソナ分析がありますが、これについては後ほど解説いたします。)
n=1分析の手順、及びフレームワーク
ここではn=1分析の最初の手順となるデータ収集、及びフレームワークについて説明します。
データ収集
インタビュー、アンケート
n=1分析を行うに当たり、先ずは元となるデータを収集することになります。データを収集する代表的な方法にはインタビューとアンケートがあります。
インタビューは、対象となる個人や組織から直接的かつ詳細な情報を引き出す方法で、n=1分析において最も有用な質的データ収集手法の一つです。深い洞察が得られるだけでなく、個人の文脈や感情の理解に優れることがメリットですが、時間と労力がかかることがデメリットでもあります。
アンケートは、構造化された質問を通じて、特定の事例から具体的なデータを収集する方法です。効率的で客観性が高く、短時間で収集可能であることがメリットですが、質問が固定化されていることや数値での回答ならば、深い感情や背景の理解には不向きであることがデメリットです。
データを分析して仮説を形成
次は収集したデータを元にして仮説を形成します。上記で例としてあげたインタビューにて収集したデータの場合は、テキスト化した後にキーワードや頻出パターンを抽出します。例えば、成功要因として挙げられた具体的な行動などを抽出すると良いでしょう。
一方、アンケートにて収集したデータの場合は、数値データを統計的に整理して傾向や相関を確認できます。例えば、ユーザーが高い満足度を示した項目が何かが明確になるでしょう。
こうして得たデータから、複数の回答から見えてくる一貫したテーマや行動の共通点や、逆に例外を元にして因果関係を推測し仮説を形成します。「迅速な対応が顧客満足度を向上させた」と仮定したならば、 「顧客に迅速に対応することが、リピート率の向上に寄与する」という仮説が形成されます。
これらを組み合わせることで、現場や戦略に活用できる有益な仮説を生み出せるのです。
フレームワーク
フレームワークとは、ビジネスやマーケティングにて思考の整理や問題を分析するために活用される枠組みです。n=1分析でも使われることが多く、代表的なフレームワークにSWOT分析とPDCAサイクルがあります。
SWOT分析
SWOT分析は、対象(個人、組織、プロジェクトなど)の現状を多面的に理解するためのフレームワークです。n=1分析では、特定の事例を深く掘り下げるための整理手法として活用され、以下の要素で構成されます。
Strengths(強み):対象が持つ内部的な優位性です。例えば、特定スキル、独自の戦略、リソース、成功体験などです。
Weaknesses(弱み):対象が抱える内部的な課題や欠点です。例えば、能力不足、リソースの欠如、不安定なプロセスです。
Opportunities(機会):外部環境から得られる有利な要素です。例えば、市場の新しいニーズ、技術革新、新規顧客層などです。
Threats(脅威):外部環境から生じるリスクや障害です。例えば、競合の出現、市場縮小、規制強化です。
PDCAサイクル
PDCAサイクルは、対象の行動やプロセスを継続的に改善するためのフレームワークです。n=1分析では、特定の行動やプロジェクトを評価し、改善策を実行する際に活用され、以下の要素で構成されます。
Plan(計画):目標を設定し、それを達成するための具体的な計画を立てます。例えば、売上増加のためのマーケティング戦略を設計します。
Do(実行):計画に基づいて具体的なアクションを取ります。例えば、広告キャンペーンを実施します。
Check(検証):実行結果を評価し、目標達成度を確認します。例えば、売上データや顧客フィードバックを分析します。
Act(改善):検証結果に基づいて改善点を特定し、次の行動計画に反映します。例えば、広告ターゲティングを調整し、次のキャンペーンに適用します。
SWOT分析は、内部要因(強み・弱み)と外部要因(機会・脅威)を整理して戦略の土台を構築し、PDCAサイクルは、計画から実行、検証、改善を繰り返して、継続的な進歩を実現させます。このように両者を組み合わせることで、n=1分析の結果を基にした具体的な行動計画と、その後の改善プロセスを一貫して行うことが可能となるのです。
n=1分析の事例、コラム
以下はデコムにおけるn=1分析の事例、コラムです。合わせてご覧ください。
事例:味の素
具体と抽象の行き来が、n=1インタビューを始めてからついた癖ですよね。n=1インタビューは超具体なので、そのままではどうしても企業規模が大きくなればなるほど、こういうエピソードがあったので作らせてくださいと言っても、いや何言ってるのって言われてしまいます。
ですので、各部署へ説明や指示をするときも、具体と抽象を両方伝えることが重要だと思っていて、具体でこういうことがあったんだけど、抽象としてはこういうふうにしてほしい、ということです。
【n=1インタビュー支援事例】味の素マーケティング改革から生まれたヒット商品の舞台裏|マーケターが行ったn=1インタビューで発見したインサイトとは?
事例:旭化成ホームプロダクツ
n=1から、広告宣伝の施策を考えるようになったことが一番の変化です。以前は「主婦層」ってこういう傾向があるよねという考え方をベースに広告宣伝の施策を組み立てていましたが、n=1を見て、消費行動・普段の生活パターンを想像した上で、マーケ施策を検討することが多くなりました。
コラム:ハードグミ
今回、是非感じていただきたいのはn=1に着目することで生まれる具体的なアイデアの多さです。
生活者の隠れた欲求を明らかにすることはもちろんですが、それに付随してそのインサイトを充たしてくれる具体的な要素を数多く拾うことができます。
まとめ
n=1分析は、対象が「一つ」であるからこそ、一般化されたデータでは見逃される細部や独自性に目を向けることが可能な分析方法であり、その深い洞察を個別の意思決定や戦略設計に活かすことができるです。
一般化には向かないという特性も持ちますが、ペルソナ分析など他の分析方法と組み合わせることで、よりバランスの取れた分析が可能にもなるので、先ずはn=1分析をじっくり行い、現場や戦略に活用できる有益な仮説を生み出し、マーケティング活動を推進させましょう。
デコムでは、もっと学びたい人に向けて様々なイベントやセミナーを開催しています。
是非、この機会にご参加ください。